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昨年の9月、イギリスのケンブリッジで、作家のフィリパ・ピアスさんにお目にかかる機会がありました。ピアスさんは「イギリス戦後児童文学の金字塔」と評された「トムは真夜中の庭で」(高杉一郎訳・岩波書店刊)等、優れた児童文学の作者です。そして「トム」は、九歳から十二歳位にかけて、私の一番の愛読書でした。長いお休みの時期になるたびに、学校の図書館のこの本を借リ占め(?) ていたことを思い出します。 物語は、古い邸宅を改装したアパートに住むおじさん夫婦に預けられたトムが、真夜中、大時計が十三打ったのに引かれ て下に降リ、昼間は存在しなかった美しい(過去の)庭を見つけるところから始まりまります。やがてトムはその庭で不思議な女のハチィと出会い、友達になりますが……? 子どもの頃、私はこの庭の描写が大好きでした。私同様、町に住む子どもであるトムが、息をつめるようにして庭に足を踏み入れ、お気に入りの場所を見つけたり木に登ったりするのが、羨ましくてなりませんでした。トムと、時を超えて庭にもどってきたハティの友情の、本当の面白さが腑に落ちたのはかなり後になってからで(初めて読んだ時のハティの印象は、「もったいぶって嫌な子…トムも友達にならなきゃいいのに」でした!)、ひたすらこの庭が好きだったのです。 物語の中の庭は、トムの時代にはごみごみしたごみ捨て場兼駐車場になってしまっています。けれども驚いたことに、この庭は今でも実在していました。 ピアスさんはお父さんの物だった邸宅 と庭をひとに譲り、その隣の小さな家に住んでいますが、家と庭はほぼ昔のまま保たれているのです。案内していただきながら、「この庭を確かに知っている」という、不思議な懐かしい思いに打たれました…思っていたより少し小さいところまで、幼い頃の思い出の場所を訪ねたのと同じでした。 「本というのは不思議なものね」とピアスさん。一流のファンタジーを書いた作家は、決して夢見るような人ではなく、現実に根ざした強さとユーモアを備えた人でした。なぜか、庭との再会と同じ位、そのことも嬉しく感じられたのでした。(上村令)
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1994/5,6
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