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「トッレ王物語」三部作は、フィンランドの人気女流作家イリメン・S・リリウスによるファンタジーで、トッレ王の国トッレボルグの神話の時代の物語である。第一巻の『新しい地を求めて』ではトッレ王の国つくりが、『トッレ南へ』では母の国を求めての冒険が、『白鳥』ではトッレボルグの様々なエピソードが語られる。三巻ともそれぞれ独立した作品としても楽しめるが、三巻そろうと湖水と沼沢の国フィンランドの不思議な魅力に満ちた壮大なファンタジーとなる。 父王の死後、兄たちに国を追われた王子トッレは、母の形見の十二頭のヤギを連れて旅に出る。森のはずれの海辺の土地を自分の国として、トッレは「トッレボルグ」を築いていく。森に住むトロールの襲撃、キツネの血をひく娘リビーテとの結婚、「鉄の森の鳥」とその鳥のくちばしと爪からつくった名剣「スラグサ」。やっと国も落ち着いたころ、トッレは次兄ボルグの卑怯な企みにあい長兄スタイヌルフ王を討ちに故国へ向かう。キララ人の襲撃とボルグ王の死。氷の海を越えてトッレはトッレボルグへ帰ってくる。 二巻目、帆船スクム号を建造したトッレ王は、顔も知らぬ母の生まれた国を求めて仲間たちと南へ向けて船出する。途中、上陸した島で、一行はカース人の襲撃をうける。トッレ王は、傷ついた友エギルを守ってただ一人島に残るが、エギルは死に、トッレはいかだを作りやっとの思いで島を脱出する。大海原を漂うトッレ王は父王が乗ったという天の馬にいかだごと引かれて母の国にたどりつく。母はそこで結婚し子どももいた。奴隷だといわれていた母はトッレに本当の身の上を語って聞かせる。トッレ王は異父弟のフムレを連れ、危険な航海の末リビーテの待つトッレボルグに帰ってくる。 三巻目は、一・二巻目のようなまとまった筋はなく、トッレボルグに起こる様々なエピソードが語られる。トッレボルグに満足することができず「石の花の森」を求めて旅に出たフムレの冒険、初めてトッレボルグにネコが来たときの話、流氷の中の館、トッレの息子ティーレが沼にはまった馬を救いだした話、白鳥狩りとその白鳥の姿をトッレ王が岩に刻みつけた話などだ。 著者のリリウスさんはトッレ王物語の始まりを、「病気で寝ていたとき、小さな木の家々に囲まれた緑の庭を想像し、そこに住む人々、路地や通り、小さな町を考えた。そしてさらに、それがどうやって作られた町なのか、だれが作ったのかを、じっくり考えはじめた」と言っている。フィンランド人である著者の想像が現代から過去に大きく羽ばたいてできたこの物語はフィンランドの神話の特徴を備え、これがこの作品の素朴で荒々しいなかにも温かさを感じさせる不思議な魅力のもととなっている。 フィンランドの神話の特徴は、『カレワラ』に見られるように、家族的および貴族的自負の観念がないことと、あらゆるものに人類の性格と生命を賦与していることだ。トッレ王の国では皆自由の身分で奴隷はいない。リビーテ王妃はキツネの血をひいているし、トッレの世話をしてくれる老婆は半人間という意味の「ハルバ」と呼ばれている。トッレ王は狩りをした後で白鳥を尊ぶべく、その姿を岩に刻む。また、「鉄の森の鳥」は鉄の爪と鈎の指をした冥府の子だろうし、美しかったり小さかったりするトロールもフィンランドの神話の生きものだ。天の神様の娘がほら穴にとじこめられ世の中が真っ暗になる冬至の話では、天照らす大御神を思いだした。 フィンランドの厳しい寒気は氷、雪、霜などとして神話に登場し、また海の場面も多い。トッレの物語でも、『トッレ南へ』は航海の話だし、雪と氷の中の行軍や氷の海を渡る場面なども見られる。特に、館全体を氷の壁で覆ってキララ人をむかえ討つ場面は圧巻だ。荒々しさはこの辺からくるのだろう。 「トッレ王物語」のスケールの大きさは、神話によるところが大きい。神話の要素が見られるばかりでなく、トッレボルグの神話時代ということで国つくりなどの神話的モチーフが物語の壮大さを感じさせる。ぼつぼつとした神話らしい語り口も効果をあげている。もうひとつ、古代と現代をつなぐ『白鳥』の終わり方もスケールの大きさをに関わっている。『白鳥』は一八八五年の人々がトッレ王が岩に刻んだ白鳥を見にいくエピソードで終わっている。最近も、吉野ケ里遺跡から弥生時代の銅剣や人骨が発掘された記事が新聞に載っていたが、こういう記事を目にするたびに古代の人々の暮らしに思いを馳せる。白鳥のエピソードは、歴史という観点から物語のスケールの大きさを一段と際だたせている。 現在、子どもの内面に目をむけたリアリスティクな作品が多く書かれるなかで、物語のスケールは小さくなりファンタジーの作品も少なくなっている。久々に想像力をかきたててくれる大きなファンタジーに出会えた。(森恵子)
図書新聞 1989年7月8日
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