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J・R・R・トールキン
(一八九二-一九七三)と言えば、イギリスの古代中世言語学及び文学に通じた学者だが、日本ではむしろ『ホビットの冒険』(一九三七)や『指輪物語』(一九五四ー五五) の作者として有名である。 本書は、この二作に加えて、トールキンの死後、末子クリストファーによって編集出版された『シルマリルの物語』 (一九七七)で描き出された、トールキンの「第二世界」つ まり「中つ国」と「不死の国」に関する百科辞典である。 自らの四人の子どもに語り聞かせて生まれた『ホビットの冒険』は、ホビット小人のビルボ・バギンズが、五月のある日、ドワーフ小人十三人に頼み込まれて、竜退治と宝捜しの思いもかけぬ旅に出るという設定の、子ども向けの楽しい冒険ファンタジーである。 その続編『指輪物語』は、前作ではビルボが偶然手に入れたものとして副次的に扱われていた隠身の指輪が、嗣子のフロド・バギンズにゆずられ、その指輪をめぐり、中つ国が指輪戦争に巻き込まれるという設定の、成人向け叙事詩的ファンタジーである。そのスケールの壮大さと、構成・展開の複雑さと緻密さは読む人を圧倒する。 『シルマリルの物語』は、出版こそ『指輪物語』より後だが、その構想はかなり早い時期から練られ、一九一七年のメモには、その執筆の記録が残っている。また作品の舞台・時代の面からも、『指輪物語』の前編にあたり、有史以前の時代、つまりトールキンの年代記によると第一紀の事蹟を記したものである。(ちなみに『ホビットの冒険』と『指輪物語』中の事件は、第三紀末の出来事であり、第四紀が人間の時代である。) しかしこれらの三つの作品を順番に読み進んでいったとしても、トールキンの第二世界の全貌は、容易に見えてこない。出てくる固有名詞の数は膨大だし、語られる事件や歴史も単純ではない。これが本当に一人の人間が創り出した世界なのかと疑いたくなるほど、そして気の遠くなるほど壮大で複雑で完璧なのだ。そんな時、読者の強い味方になるのが本書である。 歴史、地理、社会、動植物、伝記の五章から成る本書は、トールキンのこれらの作品世界を全部合わせて、各観点別に整理し直したもので、その説明はていねいでわかりやすい。また中つ国と不死の国の年代記を一望できる年表や、トールキンの世界が平面的なものから球状のものへ発展していくさまを描いた地図も興味深い。さらに二十人近いイラストレーターによって猫かれた豊富なさし絵は、トールキン世界を視覚的に捉える手助けとなるばかりでなく、いかに多くの人々がトールキンの作品から様々な刺激を得ているかをも物語っている。 しかし本書はあくまでも辞典である。トールキン世界のすばらしさを真に理解し味わうためには、やはりその作品世界にどっぷりとつかり、腰をすえて作品自体と対峙するしかあるまい。その際の理解の一助として、本書は必ずや役立つと確信する。(南部英子)
図書新聞1995/02/18
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