闘牛の影

マヤ・ヴォイチェホフスカ

渡辺茂男訳/あかね書房

           
         
         
         
         
         
         
    
 マノロは九歳の時、自分がおくびょう者だということに気づいた。町中の人たちが、マノロは次第に父親に似てきた、きっと父のあとをつぐのだろうと、噂している。でも、マノロにはできそうもないのだ。
 スぺイン一勇気のある男、天才的な闘牛士とうたわれた父、ファン・オリバーは、マノロが三歳の時死んだ。でも町の人々は、ファン・オリバーのことを忘れていない。特に、父の友人でもあり、闘牛の熱烈なファ ンでもある六人の男たちは、マノロに闘牛のすべてを教えようと、手ぐすね引いていた。さらに、父の後ろ楯だった伯爵が、マノロのために、デビューの「牛だめし会」を企画してくれようとしていた・・・。
 「闘牛の影」は、スぺインを舞台に、「定められた道」と「自分自身」との折り合いに悩む少年の物語。読み始めるとまず、多くの人が闘牛に情熱を燃やし、勇敢な闘牛士を心から応援するスぺインという国に、否応なく引き込まれま す。闘牛なんて残酷…と思って読み始めても、「死」の象徴である牛を倒すことに賭ける人々の切ないまでの思い、闘牛の技の一つ一つが持つ美、といったものに、次第に圧倒されるのです。主人公マノロも、「ぼくにはできない」と思いながら、父の友人たちに導かれ、一つずつ闘牛の技を身につけ、闘牛の「道」を理解していきます。やがてマノロは、友だちのハイメの兄ファンが、やはり闘牛士を目指して日夜練習に明け暮れていることを知り、一緒に練習させてくれと頼みます。そして二人はともに、マノロのために準備された「牛だめし会」に臨むことになるのですが…?
 目の前にひとつの道が用意されているとき…親や大人たちは往々にして、子どもに善かれと思って 道を準備してしまいます…自分がその道に向いているのかどうか知ることは、子どもにとって難問です。その問いにはっきりと迷いなく答えられない限り、先に進むことができない。でも、その時の気分で出した答えは、答えとは呼べない・・・。マノロも、まず闘牛の道を真摯に歩み、立派にテビューの舞台まで踏んだ後で、初めて「闘牛士にはなりたくない」という答えにたどりつくのです。この答えは一見、幼い頃の「できそうもない」という答えと似ていながら、まるで違った重みを持つものでした。
 人生の中の選択というものを描いた、静かな、でも忘れられない底力を持った物語です。 一九六五年ニューべリー賞受賞作。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1997/1,2