|
幼い子どもにとって、父親は驚くべき魔法の力を持っているように見えることがある。何でも知っているし力持ちだし、ときには口から煙を吐いたりだってするのだから。このお話も、幼児にとってのそんな父親の不思議な魅力を、無邪気なクマの親子に投影してユーモラスに描いてみせる。 クマの子が父さんと町に出る。車のたくさん通る交差点で、父さんが「えいっ」と掛け声をかけると信号の色が変わる。父さんは「えいっ」の一声で、信号を赤にも青にも黄色にも変えられる。クマの子は、父さんは偉いんだと感心する。父さんの「えいっ」は、夕方の空に星も呼べるし、駅の自動販売機で切符も出せる。クマの子も真似して「えいっ」とやると、子どもの切符が飛び出す。 家に帰ったクマの子は、「ぼくのいちばんすきな人をだすよ」と言って、玄関のベルを押す。 どこにもありそうな微笑ましいお話だが、こういう作品は、なかなか書けるものではない。ここには、なんともいえない幸福感がきらめいている。 表題作品の「えいっ」のほか、「おやぁ」と「クルン」という二作が収められているが、いずれも幼児の好奇心や不思議感覚をしなやかにとらえた、楽しくて心地よい幼年文学である。(野上暁)
産経新聞 1996/07/21
|
|