とざされた時間のかなた

ロイス・ダンカン

佐藤見果夢訳 評論社 1989

           
         
         
         
         
         
         
     
昨年末邦訳出版された『時をさまようタック』(ナタリー・バピット作、小野和子訳、評論社)は、不老不死の泉の水を飲んだために永久に生き続けなけれはならない家族の悲劇を描いた傑作ファンタジーで非常に印象深い作品であったが、同じ出版社から今回また同様なテーマを数った作品が邦訳出版された。一九八六年度エドガー・アラン・ポー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)のジュニア小説部門最優秀賞の栄誉に輝いた作品だけあって、ミステリー・タッチにうまく仕上げられた作品である。
物語の舞台は、アメリカ南部のルイジアナ州にある古く立派な、まるで『風と共に去りぬ』のタラ屋敷のような大邸宅シャドウ・グロープ屋敷。昨年交通事故で母親を亡くしたため全寮制の学校に入っていた十七歳の少女ノアは、早くも再婚したパパとその新しい家族と夏休みを過ごすために、新しい家族の住むその屋敷を訪れる。純白の円柱が優雅に並ぶ玄関ポーチで紹介されたパパの新しい奥さんリゼットは、十七歳と十三戯の子供がいるとはとても思えないほど若く、この世ならぬ妖しい美しさを持った女性で、ノアを優しく迎えてくれたが、彼女の顔の奥に冷たい殺意がよきるのをノアは感じた。思い過ごしに違いないと自分に言い聞かせるノアだが、死んだママが夢の中で危険をつげる。ノア自身も何日か彼らと暮らすうちに、この家族には何か秘密があると感じる。例えば娘のジョージィは、十ニ歳にしては異常に多くの化粧品を持っているし、彼女は四十年以上前の事件を目撃したと言う。また十七歳の息子ゲイブはずっと昔八年間もガールフレンドと同棲していたと言うし、リゼットが町のスーパーで昔の知り合いに声をかけられた時の反応 は妙に冷淡で、まるでその人を避けるかのようであった。そして遂にリゼットの勧めでゲイブと二人で川に出かけた際、事故を装って溺死させられそうになったことで、ノアはこの家族の自分への殺意を確信し、家族の秘密を探り始める。ゲイブの部屋で見つけた家族の古い写真や、昔屋敷に出入りしていた老人の話から、次第に家族の信じがたい歴史が明らかになり、裏の小屋に隠してあったリゼットの結婚証明書と日記によってすべての謎が氷解する。しかし秘密を握られたリゼットがノアを生かしておくわけがない。さてノアの命は………。
永遠の若さを得たために成長も老いもなく、人目を忍んで住まいを転々と変えながら生き続ける家族の話を扱い、生と死・成長と老いなどの哲学的な問題を考えさせるという点では、前述の『時をさまようタック』とよく似ている。また同時に主人公とその不思議な家族との友情をも描き出しているという点も共通する。しかしタック一家は、不老不死の泉の水を、そうとは知らずに偶然飲んだだめに生き長らえねばならなくなったのであり、また飲んだ後も世界中の人が泉の水を飲んだら大変なことになるという危恨から泉の存在を秘密にし、彼ら自身は誰にも迷惑をかけずに慎ましく生きている。作品には確かに泉の水で一儲けしようとする俗物の象徴のような男も登場するが、身の毛もよだつような利己的な悪者は存在せず、その作品世界は叙情的で牧歌的である。それに対して、いつまでも若く美しくありたいという欲望から、罪のない我が子までも巻添えにして、プードゥー教の秘儀を受け、生計を維持するために金持ちの男と次々と結婚し、事故に見せかけて殺し、その遺産で暮らしているリゼットは、その動機も、その後の暮らしかたもエゴイ スティックであり、永遠の若さを得る手段はおどろおどろしい。しかし死の恐姉にさらされながら謎を解いていくノアの行動力には感服させられるものがあるし、ミステリー作品としては緊迫感もあって、なかなかおもしろい。(南部英子
図書新聞1990/04/21