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ママが新しい仕事と住む所を獲得するまで、失業中(ママに言わせると人間のクズらしいが)のパパに連れ出されないために、シーモアは夏の間テルマおばさんの所に預けられる。「人生は大抵がっかりすることばかりと知るのは人間早い方がいい」を信条にしているおばさんとの生活は、十一才の彼には憂鬱な日の連続。ところが、偶然逃げこんだ裏通りのアパートでこれまで見たこともないほど美しい女性…アンジーと知り合う。 姿だけでなく、シーモアにとっての彼女は天使のように純潔で寛大だ。無条件にやさしいその温かさに包まれて少年の心は次第に潤いを得ていく。夢物語ばかりで現実を捕らえられないという危うさを差し引いても、アンジーとのふれあいで、シーモアは初めて心が満たされていくのを感じる。 一方アンジーは、小さな老人みたいに臆病なシーモアの背負ってきたつらさや淋しさをひとめで見抜いている。彼女もまた、きらきらした愛や、やさしさばかり追いかけ、人生の成功者になれない現実に踏みつけられてきたから。知的で常識的な家族の中で、居場所を失ってきた彼女の痛ましさがシーモアの視点から伝わってくる。 クライマックスでアンジーはひどい発作を起こし、麻薬中毒者である事実が否応なくつきつけられる。始めは裏切られた思いで打ちひしがれるシーモアだが、悲しみを克服した時彼女のもろさをも含めて、今度は彼の方がアンジーを包み込もうとする。ひと夏の間に殻を脱ぎ捨てたくましく成長したシーモアに喝采を贈りたい。 本書は麻薬への警鐘をモチーフにしながらも、登場するひとりひとりがそれぞれ価値観に縛られる弱さを抱えた存在として見事に生きている。そこに読み手は作者の温かな眼差しを感じるだろう。心揺さぶられる作品として、子ども達にぜひ手に取ってもらいたい。(園田 恭子)
読書会てつぼう:発行 1996/09/19
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