つめたいよるに

江國香織

理論社 1988


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 江國香織は、児童文学から出発しつつ、その枠をのりこえたところから児童文学のテーマを書く作家だ。そして、おしゃれな感覚の童話という新しいタイプの作品で人気があると言う。その中で、『つめたいよるに』は、九つの作品をおさめた短編集である。デビュー作の「桃子」は、客人への語りかけの形式による幻想的な一編である。貝や豚やヘビから人間へ輪廻したことを思い出す「いつか、ずっと昔」にも、同種のひんやりとした透明感がある。他は、リアリスティックな心情描写のある生活の風景に立脚するものが多い。小学校卒業間近の少年のざわざわした気持ちを描いた「僕はジャングルに住みたい」や、老人ホームのおばあさんに矛盾した気持ちを抱く少年の「鬼ばばあ」などは、日常の心の揺らぎや風景を切り取っている。また、幻想と日常の間に、「スイート・ラバーズ」や「デューク」のように、死者とのふれあいに癒される主人公を描く作品がある。
 これらの短編は、自分の経験してきた子ども時代や家族をいとおしく思うところに立脚している。江國の興味は常に、子どもと子どもをめぐる家族や人間関係の底に流れる、あたたかさと優しさにあるようだ。「新しい童話」と評されつつ、懐かしさもこめて広く受け入れられているのは、思春期への愛情があるからなのだろう。そこに、ほのかな恋愛模様も付随するが、江國が描くのは男女というよりも人と人とのふれあいである。エッセイのような読みやすさが、余韻を醸し出す一方で、軽さが弱さにつながることもある。
 子どもの文学が、自ずと囲い込みをやぶってジャンル分けを無意味化しはじめているのと同時に、大人の文学の側からも子どもの文学へのアプローチがある。境界線がゆらぐとき、ジャンルではなく、作品を読む楽しさとひとりの作家が創る作品世界の味わいだけが残っていくと思われる。(鈴木宏枝
           
         
         
         
         
         
         
         
    

『ユリイカ』1997年9月号