長い長いお医者さんの話

K・チャぺック

中野好夫訳
岩波書店 1931/1952

           
         
         
         
         
         
         
    
スケールの大きなナンセンス・ユーモア

『長い長いお医者さんの話』が最初にチェコで出版されたのは、一九三一年というから、すでに半世紀以上もたっているわけだ。しかし、今読んでも、実に新鮮でおもしろい。いまだに版を重ねて新しい読者を獲得し続けているようだが、それも道理、昔話に通じるスケ-ルの大きさと大らかさに加えて、チャぺック独特の破天荒ともいえるユーモアが随所に溢れているのである。
 本書には、七つの童話が収められているが、いずれもナンセンス・ユーモアの宝庫。のっけから読者をひきつけて放さない。
 まずは、タイトルにもなった「長い長いお医者さんの話」。
 昔、ある山に住む魔法使いが、弟子をどなリつけようとしたとたん、食べていた梅の種が喉につかえて、声が出なくなった。あわてた弟子は、あちこちかけずリ回って、医者をつれてくる。
 つれてこられた四人の医者は、梅の種もそっちのけで、代わる代わる話を始める。昔話あリ、カッパや妖精のような風変わリな患者さんを見てやった体験談あリと、おもしろいことこの上ない。
 結局最後は、つかえていた梅の種もぶじに喉からはき出させ、ついでに弟子をどなっていた言葉の続きもちゃんと出てくるあたりが、見事なオチになっている。
 郵便やさんやおまわリさんは、現代でも小さな子供にとっては魅力ある職業のようで、童話の世界にもたびたび登場するが、チャぺックの時代にもやはリそうだったらしい。
 次の「郵便やさんの話」は、まだ人々に「人情」というものが色濃く残っていた、懐かしき時代のほのぼのとした物語だ。
 チャぺックの描く世界では、小鬼や幽霊などもちゃんと市民権を与えられている。したがって、おまわリさんは彼らがどこに住み着いているのか警察手帳に記載しなくてはならないのだ。「おまわリさんの話」では、そんなおまわリさんが、あるとき出会った七つ頭の怪物の話が、面白おかしく語られる。
 占い女からの通報で、おまわリさんが、倉庫に巣くう七つ頭の怪物を退治しに行くのだが、もちろんチャぺックの世界では、どこかの国のアクション映画のようにいきなり拳銃をぶっぱなしたりはしない。まずは、「おまえは何者だ。」「身分証明書のようなものを持っているか。」と尋ねるのだ。イラストを描いているのは、兄のヨセフ・チャぺックだそうだが、この七つ頭の怪物の顔が、また、いかにもそこいらのおやじさんみたいに描かれていて、笑わせる。

日本の民話に通じるもの

 河童というのは、日本固有の妖怪だと思っていたのだが、チャぺックの童話には、実に頻繁に河童が登場する。もっとも、ヨ-ロッパには昔から沼や川に巣くう水の精とでも言うべき存在があるが、ヨセフ・チャぺック描く河童は、まさに日本の河童と同じような顔つきだ。違うのは、背中の甲羅と頭の皿がないことぐらいだろうか。
 ただし、「カッパの話」に登揚する河童たちは堂々と人間社会に混じって、お金もうけをして暮らしている。例えば、鉱泉水を売リ歩いたり、水道管を敷いて歩いたリ、水族館の番人をしたリ、手っ取リ早く水泳の選手になったりというように、水に関係する商売なら、何でもござれなのだ。
 そんな河童たちが年に一度か二度集まって会議を開くのだという。そこで交わされる噂話がおもしろくないはずはない。
 チャぺックは、犬に格別の愛情を注いでいたにちがいない。世に、犬の話はいくらでもあるが、犬の妖精の話というのは、そうはないのではないだろうか。おなかをすかせたちっぽけな犬が、山道で夜更けに犬の妖精たちに出会う「犬と妖精の話」は、何やら、日本の狐か狸に化かされる話にも似て、美しくも愉快で、もの悲しい。

破天荒なほら話に乗せられる心地よさ

ルンぺンというのは、すでに死語になってしまったみたいだが、浮浪者ならいつの世にも存在する。きっと、三日やったら止められない職業の一つなのだろう。「宿なしルンぺンの話」に登場するクラールも、その一人。
 あるとき、帽子を飛ばされた紳士が、そばに居合わせた浮浪者にかばんを預けて、帽子を追いかける。人のいい浮浪者は、かばんを持ったまま、じっとその場に突っ立って、紳士の帰りを待つのだが、紳士はいっこうに帰ってこない。それもそのはず、紳士は帽子を追いかけて、一年と一日も世界中かけずリ回っていたからだ。
 この帽子というのが、とんでもなく人を食ったやつで、国境を越えて逃げ出して、汽車に乗り込み、ホテルに一泊して勘定も払わないで、またどこかに行ってしまう。行く先々で、図々しくも、未亡人と結婚しようとしたリ、外交官に化けたリと、したい放題。読者は、うそ八百と知りつつも抱腹絶倒。心地よくチャぺックのほら話に乗せられるのである。(末吉暁子)
「児童文学の魅力・いま読む100冊・海外編」日本児童文学者協会編 ぶんけい 1995.05.10