|
「長くつしたのピッピ」とは妙な名前ですが、訳者(大塚勇三)あとがきによると、実はこれ、あしながおじさんのスエーデン語読みをヒントに、リンドグレーンの娘がパッパ・ロングベーンからピッピ・ロングストルンプへと読み替えて作ったもの。そんなピッピの活躍する物語を娘に聞かせたのがこの作品の原型となります。おもしろいエピソードですね。何故ならピッピはリンドグレーンのオリジナルキャラクターではないことになるからです。まず、あしながおじさんの主人公ジルーシャ・アボットを背景に持っています。次に、言葉遊びにより偶然付加された、長くつ下を履いている女の子の姿が決まってしまっています。ピッピは作者の意図で孤児になったわけでも、長くつ下を履いているわけでもない。つまり、最初っからピッピは、作者の手の内にはいなかったのです。これは結構チェックポイントかもしれません。例えばアリスやプーさんの場合、彼らはキャロルやミルンの感性から思想までをナンセンスや寓話という表現方法を使って色濃く反映するキャラクターとして作者によって制御されています。ところがピッピは、娘の生み出したキャラを動かし、娘のリクエストに答えなが ら話を進めていったわけで、作品化するに当たって、読み聞かせからどれほど書きかえられたかは判りませんが、ピッピが読み手や聞き手である子どもに寄り添ったキャラクターであることは確かです。 だからピッピははなから大人社会の基準や道徳からはみ出していて、子どもの願望をストレートに実現しています。 うるさい両親がいない一人暮し、大金持ち、学校に通わない生活、そして誰にも負けない「世界一の力持ち」。 なんて分かりやすい! これはピッピが繰り出す数々の理屈にも言えることで、アリス的意味の転倒やイーヨー的屈折のように複雑ではなく、すべてがひとひねりで仕上げられています。 エジプトでは後ろ向きに歩くんだと嘘を付く。友人のトニーとアンニカに嘘はいけないと言われると、私が育ったコンゴではみんな嘘を付いていて、だからその癖が抜けないのだと重ねて嘘を付く。馬がベランダにいるわけを問われると、居間におきたくないからと答える。ブリキ箱を被りながら歩いて転倒。かぶっていたから転んだのに、被っていなかったら、顔を怪我したと主張する。自分は一年中お休みなのに、トニーたちにある冬休みが欲しくて学校に行く。学校では、答えを知っている先生が、知っているのににもかかわらず何故生徒に質問するのかと怒る。といった風に。 私の手元にある翻訳本は90年に出て、99年に17刷。発表から55年もたっているのにこの売れ行き。ピッピに託された子どもの願望は未だに達成されていないわけですね。(ひこ・田中)
徳間書店 子どもの本だより 2000/01.2
|
|