ナオミの秘密

マイロン・リーボイ

若林ひとみ訳/岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
    
 ニューヨークに住むアフンのアパートの上階に、引っ越してきた女の子ナオミ。頭がおかしいと言われていて、事実ほとんどしゃべらず、ささいなことに怯え、意味もなく紙をちぎっているだけです。けれどアランの父と母は、「あの子 には信頼できる友達が必要なんだ」と、いやがるアランに、ナオミと遊ぶように言うのです。時は第二次大戦中。ニューヨークは戦火にさらされているわけではありませんでしたが、ナオミとその母親は、ヨーロッ パで恐ろしい体験をくぐり抜けて、ようやくアメリカへたどり着いたのでした。幼かったナオミの目の前で、父親がナチスに殺されたこと。そのとき父親は、レジス夕ンスの地図がナチの手に渡らないように破棄しようとしていて、ナオミも必死で地図をちぎって手伝ったこと。でもそれが間に合わなかったために、彼女は「自分が父親を殺した」という不合理な罪悪感を持っていること…。
 日々ナオミを訪ね、なんとか心 を開こうと工夫を重ねるアランは、次第にナオミの過去を知るようになります。けれども、アランがナオミに関わり続けたのは、「かわいそう」だからではなく、彼女の素顔をかいま見るにつれ、引かれるようになったからでした。一方、アランはナオミに関わってていることを、親友のショーンたちに打ち明けることができません。「女男」と呼ばれるのが、怖いのです。外でナオミと会っても、男友達と一緒の時は、無視してしまったり。やがて、アランがそうやって「隠していた」ことを知ったショーンは、自分が信用されていなかったことに傷つき、アランから離れて行ってしまいます。
 終盤近く、ナオミ達を預かっている家のおばさんが、「おばさんのために」ナオミと学校へ行ってちょうだい、と頼んだとき、アラン は言い返します…「あなたのためにやるつもりはありません。ぼくはこのために友達を失いました。あなたのために友達を失うつもりはない。ナオミのためにやるんです。ナオミは友達だから」
 この物語は、悲惨な体験の為に心を閉ざした人に対して、普通の人間は何ができるか、ということを考えさせてくれます。ナオミに対してときにはいらいらしたり、無視したりもするアランの方が、ナオミの医師よりも大きな仕事をすることができました。それは二人が友達になったからでした…。二人が束の間心のを結ぶことができた、ということ自体が、二人を巡る人達が困難な現実と戦っでいくためのささやかな「希望」だった、と思うのです。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1996/1,2