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阪神大震災後まもなく新聞等で、心の傷、つまり精神的外傷後ストレス障害(PTSD)ということばをよく目にしたが、その概念はもともと戦争と非常に深く関係しているとのこと。 思えば、児童文学の数多い“戦争物語”の中で、心の傷をテーマにして戦争の非情さ、残酷さを訴えた作品はなかったのではないだろうか。 原作は一九七七年刊。第二次大戦末期のニューヨークが舞台。十二才のユダヤ人の少年アランはスティックボール(野球の一種)の帰り、彼の家の入口で細かく紙をちぎりつづけている少女に出会う。少女はアランのスティックをみるや恐怖の叫び声を上げて逃げて行った。アランは最近同じアパートに越してきた「頭のおかしな子」だと思うが、彼の両親はその少女、ナオミの助けになってやってほしいと言う。ナオミは四年前八才の時に、フランスで地下水道の地図を作って抵抗運動をしていたユダヤ人の父親が、ナチスに殴り殺されるのを目撃したショックと、自分が父親を殺したという罪の意識(地図を細かく破って証拠を消すように言われたが間に合わなかった)から心を病んでしまったことを、アランは知る。 アランは互いに人形を通してコミニュケーションすることを思いつき、次には直接会話するよう働きかけて、ナオミは少しづつ少しづつ心を開いて、現実を受けとめるようになる。その心理過程はとても丁寧に描かれ、説得力がある。又、重いテーマの物語だが、思春期のアランの日常生活が細部まで活写され、ジョークや軽口、ウィットにあふれて味わい深く、情感が滲み出ている。 それにしても、ナオミの回復ぶりを読んだ後だけにエンディングには胸をしめつけられた。ケンカをしたアランの血まみれの姿をみたナオミは、底なしの悪夢の世界にひき戻されてしまう。アランのまっすぐさが、ひりひりした痛みと、戦争への激しい憎しみを伝えてくる。(上村 直美)
読書会てつぼう:発行 1996/09/19
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