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代表作『なつのあさ』で、その独自の絵本の世界を確立した谷内こうた氏の六冊目の作品です。一九七三年のADC賞受賞。 日盛りの海辺をさまよう黒いのら犬が、砂丘にまどろむ少年を見つけました。やがて目をさました少年も一人ぼっち。のら犬と少年は楽しげに波打ち際を走り、突堤の白い灯台にやってきました。灯台の上から眺める海は果てしなく永遠にまでつながる世界。少年はふっと風に乗って飛び立っていきました。しかし後を追おうとした犬は、灯台から海へと墜落していきます。ふたたびしょんぼりと砂浜にすわっているのら犬一ぴき。あの少年は夢だったのでしょうか。けれどものら犬はもう淋しくありません。いつかまた少年に会えるという希望があるからです。 極限まで余分なものを捨て去った画面は、空と海と砂浜と、少年と犬と灯台がすべてです。光と空気を伝える、透きとおるような色調からは音楽がきこえてくるよう。読者の誰もが心のどこかに宿す哀しさを、人なつこい暖かさがつつんでくれることでしょう。 じりじりと肌を焼きつくすような太陽の光がある。白い砂の一粒一粒が、体を焦がすように輝いている。白い、かわききった世界。熱く呼吸している空気。『のらいぬ』の世界は、そうした激しく燃えるものの中にあって、しかも孤独である。その冒頭から、ぼくらをしっかりと把える。気だるさ。渇き。不確かなものへの強い傾斜。ここに描かれている野良犬は、きわめてぼくらの親しいものになる。何かを言いたいという表現への衝動。それが何であるか、じぶんでもわからなでいるもどかしさ。そうした不安と期待が野良犬にはある。野良犬はぼくらであり、ぼくらの内側に疼いているものである。 野良犬はやがて一人の少年と出会う。そして灯台へいく。少年は、希望そのもののように空中に飛躍する。しかし、野良犬は落ちる。ぼくが、この一冊の本を愛する理由は、右のように表現された人間の内側の疼きのせいある。(上野瞭)
絵本の本棚 すばる書房 1976
テキストファイル化田丸京子
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