夏の丘、石のことば


ケヴィン・ヘンクス:作
多賀京子:訳 徳間書店 1996.5

           
         
         
         
         
         
         
     
 人は、あまりに悲しみに出会うと、時に他人を傷つけることで、一時心の逃避を計ることがあります。ジョゼルは彼女の母親に捨てられた悲しみを、ブレイズに対し、秘密の内に傷つけることで優越感を得、心の逃避を計ります。ところが、幼い頃に母を亡くした心の傷をいまだに癒せずにいるブレイズ──彼とジョゼルは、ひと夏、丘の上で共にかけがえのない存在となっていきます。
 もう離れ難いほどの存在となった時、二人は心の傷を癒し、悲しみをのりこえたかに見えます。しかし、作品としては、これでは不充分でした。作者ケヴィン・ヘンクスは、ジョゼルが秘密の内に傷つけていた、つまり、「うそ」をばらしてしまうことで、二人にもう一度試練を与え、本当の意味での成長を要求します。
 ところが、二人が過ごした夏の丘での日々は、──むじゃきに子どもらしくひたすら遊んで過ごすのですが──二人の心を深く深く結びつけていたのです。だからこそ、ブレイズはジョゼルをゆるし、ジョゼルはその後もブレイズのそばに居場所を決めたのでしょう。これではじめて物語の結末をむかえます。
 この中の、傷ついた子どもたちは、お互いの傷を見せ合うということをせず、ひたすら共に遊ぶことで、癒され成長していきます。これには作者ケヴィン・ヘンクスの他の作品の中にも流れる一貫した、彼の「子ども」に対するまなざしが感じられます。『ジェシカがいちばん』(ベネッセ)、『おてんばシーラ』(金の星社)、『せかいいちのあかちゃん』(徳間書店)など、いずれも子どもが子どもらしくいられる瞬間が大切に大切に描かれています。訳者があとがきでも言っているように、「子どもの心がぎゅっとつまっている本」、この一言につきる作品です。(出口 宏子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19