ぼくの小さな村 ぼくの大すきな人たち

ジャミル・シェイクリー作/アンドレ・ソリー絵
野坂 悦子訳 くもん出版

           
         
         
         
         
         
         
    

 五歳の男の子、ヒワの住んでいるところは、高い山々、きれいな川の流れに囲まれ、ロバの鳴き声や風車のまわる音、モスクからの祈りの声が聞こえる小さな村。
 純朴で優しい村人たちや両親、二歳になる妹や仲良しの友だちと過ごすヒワの毎日は、わくわくする発見や驚きでいっぱいです。
 いったい、このお話の舞台はどこの国なのでしょうか? それはクルディスタン。地図の上にはっきり存在する「国家」ではありません。現在のトルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアにまたがっている、クルド人の居住地域
です。古い歴史を持つクルディスタンは、周辺の国から絶えず脅かされたり、無視されたりしてきました。湾岸戦争が終結した当時、百五十万人もの難民がイラク・トルコ国境で悲惨な目にあったことは、私たちの記憶に新しいのですが、その後もクルド人の受難は絶えません。記者だった作者もベルギーに逃れ、そこで子どもの頃の村の思い出を、オランダ語で書いたのがこの本なのです。
でも、そんな辛い歴史はこの物語には出てきません。全部が五歳のヒワの新鮮な視点から描かれます。学校や大人たち、ウサギ狩りやロバ競走。恋人たちのデートの現場を見つけて「口封じ」にお菓子を貰う約束をしたり…。
 妹カジェの死という悲しいこともありますが、窓辺にきた美しい蝶を、ヒワは妹の生まれ変わりだと信じます。
 子どもの持つ、飛び跳ねるような柔らかい心で、村人たちを愛情深くユーモラスに描いた作品です。
 周辺との緊張関係から、とかく<勇猛な山岳民族>というイメージを持たれがちなクルド人の、本当の自然な生活を知ることができるばかりでなく、「国家」や「民族」の枠をこえた人間のあり方を考えさせられます。ベルギーの画
家のイラストもすぐれています。(きどのりこ
『こころの友』2000.04