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今世紀初頭の絵本で、忘れてはならないのは、やはり、ピー夕ーラビットの絵本。時代を越えて、今も多くの人々に愛され続け、後の動物を主人公とする絵本に限りない影響を与えたことは、今さら言うまでもありません。 この絵本は、作者の家庭教師をしてくれていた人の子どもが病気の時に、作者が描き送った絵物語の手紙がもとになって生まれました。作者は、イギリスのビアトリクス・ポ夕ー。このポ夕ー女史、いささか変わり者で、自分の部屋に小動物園よろしく、ウサギやネズミ、ハリネズミといった小動物をはじめ、へビやイモリといったは虫類にいたるまでも、飼っていました。 ひどい人見知りだった少女にとって、小動物たちとの交友と、その克明な観察とスケッチは、大切な日課=時間潰しだったようです。ロンドン中産階級の子女としては極一般的なやり方で、厳格な規律のもと、そのほとんどを家庭教師と子ども部屋で過ごす生活。友だちはなく、ひどく孤独で抑圧された、不健全な少女時代がそこにはありました。ですから、祖父母の暮らす田舎での夏の休暇は、まさしく天国。鶏やアヒルに餌をやったり、子牛や豚と遊んだり、豊かな自然の中で、幸せな時間が流れ、その経験が、後の絵本に息づいていきます。 かくも長きにわたって、ポ夕ーが愛され続ける秘密のひとつは、子ども心の反抗心と自立心。自らの少女時代の抑圧された思いが、やんちゃなピー夕ーやいとこのべンジャミンに姿を変えて描かれ、読者の心に繁がります。そして、いまひとつが、一見して、今、流行の「カワイイ」で片づけられてしまいそうな動物たちの、実に写実的な描写。洋服を着、帽子をかぶっていても、決して「ぬいぐるみ」的ではない、動物たちの肢体や動きの生き生きとした描写にあります。しかも、ポ夕ーの現実主義は、動物の世界を夢物語でなく、弱肉強食の現実をあるがままに描きだし、絵本から甘さを排します。何しろ、ピー夕ーのおとうさんはマクレガーさんの畑で事故に逢って、「マクレガーさんの奥さんに、肉のパイにされてしまったんです」から。 さて、驚くことに、ポ夕ーの作家生活はわずか十三年間。三十五歳での処女作自費出版のあと、婚約者の急逝、農場経営と結婚に至るまでの十三年間に、今日残されている絵本を描き、結婚とともに、そのすべてを何の躊躇もなく捨てて、農場経営に専心していきます。ひどい人見知りの少女は、絵本作りという自己実現を経て、自然とともに生きる道に、ようやく安住の地を見出していきます。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本、昔も、今も・・・、」1998/1,2
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