|
アメリカの児童文学作家ジルファ・キートリー・スナイダーといえば、『首のないキューピッド』と『魔女の猫ウォーム』が思い出される。二作とも、超能力や魔女などの道具立てを用いて揺れる家庭の中の少女の心理を描いた忘れ難い作品だ。ここで取り上げる『ビロードのへやの秘密』は、前記の二作のかなり前に書かれたもので、作品としても、赤いビロードのカーテンが下がった部屋のカバー絵も示すように、かなりロマンチックな色合いが濃い作品だ。 十二歳のロビンは、五人兄弟の真ん中で本や音楽が好きな想像力豊かな少女。あこがれが強く、空想の世界を求めてしょっちゅう「ふらふら歩き」にでかける。仕事を探す父さんについて、ロビンの一家は車で旅をしていた。カリフォルニアのラス・パルメラス村に父さんは農場の仕事をみつける。 「ふらふら歩き」をするうち、ロビンはお城のようなパルメラ屋敷をみつける。屋敷のすぐそばには、村人から魔女だと恐れられているブリジットいうおばあさんが住んでいた。ブリジットと友だちになったロビンは、ブリジットから鍵を渡される。鍵はパルメラ屋敷に通じるトンネルの鍵で、ロビンは閉じられていた屋敷に入る。がらんとした屋敷の中に、赤いビロードのカーテンが下がり本でいっぱいの夢のような部屋があった。このビロード部屋はロビンの宝物になる。村で暮らすうち、ロビンはパルメラ屋敷の持ち主マッカーディーさんの一人娘のグエンと仲良しになる。 突然、ロビンの一家はおじさんの所へ引っ越すことになる。マッカーディーさんがロビンを預かりたいと申し出る。ビロードの部屋があきらめきれないロビンは、申し出を受ける決心をする。ブリジットは、ビロードの部屋はなんの助けにもならないと言って、ロビンをさとす。ロビンは決心を変えてビロードの部屋へ別れを告げにいく。ちょうどその時パルメラ屋敷に泥棒が入り、ロビンが屋敷を救うこととなる。パルメラ屋敷を州の博物館にする計画を立てていたマッカーディーさんは、ロビンのお父さんを博物館の管理人に決める。 昔話のお城のようなパルメラ屋敷、ビロードに包まれた贅沢な小部屋などスナイダーの作品としてはロマンチックなこの物語は、スナイダーにとって特別な作品である。時代や舞台や物語中の事件のいくつかは、スナイダーの実際の子ども時代と重なるもので、また、これがスナイダーが学生の頃に初めて書いたお話をもとに作った作品だからだ。その頃の「大人向けの凝ったものを書きたい」という気持ちがロマンチックな舞台設定に現れているのだろう。グエンやマッカーディー夫妻が使用人の子どものロビンに特別目をかけるところなど作り過ぎている感じはするが、パルメラ屋敷を失踪した少女の謎や幽霊の噂、泥棒事件などをからませぐいぐい読者を引っぱっていく筋立てはさすがだ。 さてロビンの「ふらふら歩き」だが、本を手にとる読者も、一種の「ふらふら歩き」をしているのではないだろうか。ひと時現実をはなれ、空想の世界にひたるのだ。本の世界が素晴しければ素晴しいだけ戻る現実は厳しく感じられるかもしれないが、それに立ち向かうだけのエネルギーもそこで充電できているはずだ。 『ビロードのへやの秘密』で、読者は「ふらふら歩き」を二重に体験する。ロビンと一緒にビロードのへやで魔法の塔にとらわれた王女様になるとともに、ロビンの願いがかなうロビン一家のハッピーエンディングの喜びも味わう。二重にロマンチックで十分に楽しめる「ふらふら歩き」だ。もうひとつ、ここで忘れてならないのはブリジットが語る「ふらふら歩き」の本質だ--「でもね、人を大切にしないといけないよ。人間からはなれていってしまったら、その人の人生は終わりだよ。」 現実を大事にしてこその「ふらふら歩き」なのだ。ただ単にロマンチックなのではない、ロビンを始め現実の人間をみつめる暖かく確かなスナイダーの目がそこにはある。(森恵子)
図書新聞 1989年10月28日
|
|