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『あのころはフリードリッヒがいた』の書かれた翌一九六二年、『ぼくたちもそこにいた』が、六七年に『若い兵士のとき』が書かれた。六〇年代に既に三部作として出版されていることに戦争に対するリヒターの、そしてドイツのきちんとした姿勢が表れている。 『ぼくたちもそこにいた』は“ぼく”を中心にギュンター、ハインツがドイツ少年団を経てヒトラーユーゲント、軍に入隊したその体験である。「わたしは参加していた。単なる目撃者ではなかった。─略─。」との冒頭のリヒター自身の言葉が語るように“そこにいた”事実が客観的に書かれている。嬉々としてドイツ少年団に入団し、軍事訓練に従事する少年達。巧みに組織された細かな網の目の中に知らず知らずのうちに巻きこまれていく様子が、三三年の八才時から四三年の十八才時まで、街の生活、選挙、学校、団の生活、行軍の描写からよくわかる。 『若い兵士のとき』は、入隊前の十四才の在学時から二十才の敗戦時までが、いくつもの短いエピソードで綴られる。銃撃戦で左手を失った息子の姿を初めて見る母親、軍曹である息子に思わず直立不動の姿勢をとる父親、緊迫感溢れる一つ一つの場面が目に灼きつく。戦う相手が誰であるかということよりも、毎日毎日をいかに生き抜くかに必死である様が無駄のない筆致で迫ってきて気が抜けない。「平和が来たんだよ」という最終行の老婆の言葉に読者はようやく息のつける思いがするのだが。 リヒターは三部作の後、このテーマに関しては殆んど筆を断ったまま、九三年に亡くなった。作家として二六年間沈黙する、せざるを得なかった思いがこの二作品には凝縮している。『あのころは…』の原題は「あのころはそれがフリードリッヒだった」であると訳者が記しているが、沢山のフリードリッヒ以上の“ぼく”がいたことを容赦なく冷静に知らせている。(千代田 真美子)
読書会てつぼう:発行 1996/09/19
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