ぼくはこども

バーチェコ・サンチェス/文 バルソーラ/絵
なかやまともこ きくちわたる/訳 文研出版

           
         
         
         
         
         
         
     
 最初にお断わりしておきますが、これはとてもヘンな本です。正直いってこの絵本のことを思い出すだびに、胃袋がねじれるような、のどのところがつかえたような、妙な気持ちになるのです。それをうまいこと説明できるかどうか、ここに紹介した本のなかでも、実は一番不安な本なんですが、とにかくやってみましょう。
 タイトルに科学絵本、とあり、最初のページが細胞分裂の絵だったので、あぁ、これは生き物の成長の過程を解説してる絵本かな? と思ったのですが、その細胞がいきなり男の子に成長してしまうのです。しかもかなり太った、友だちのいない、一〇才くらいの男の子に──。
 彼は問題を抱えています。実はもっと小さい時からずっと抱えていたんですが、飽和状態になったコップから水があふれるように、自我ができ、コトバが使えるようになったこの年令になって一気に問題が表に出てきた、というわけです。
 彼の問題はなにかというと……さみしい、ことです。
 凄い……でしょ?
 だってね、この年令でさみしいってことがこんなにもモンダイになるってことは……つまるところ、この子、親に愛されていないってことなんだからね。
 実際この本には、この子の親はおろか、大人はいっさい出てきません。彼は始めっから、親や大人に助けを求めようなんて、まるっきり考えつきもしないのです。
 そうこうするうちにある日、彼は、のっぽすぎて同じように友だちから疎外されている女の子と出会い、喜びます。もちろん、恋人同士ではなく、同志として、二人はどうやったらこの疎外感と孤独から逃れられるのかを研究し、愛しあえばいいのだ!? という結論に達します。でも二人はまだ肉体的なことは知らないので、ここでいってる“愛しあうこと”はあくまで精神的なものです。そうして二人は大真面目に、どうやって愛しあうのか研究するのです!
 えっ、これって性教育の本なの!? と一瞬思うわけですが、ここでもあなたや私の期待、というか予想はみごとにはずされます。二人はせっせとテレビその他を研究し、材料不足のため、二人の気持ちが通じあえば赤ちゃんができるのだ、と勝手に解釈し、そうすればさみしくなくなるよね、と一〇月、楽しみに待つのです!
 でも当然子どもなんて生まれない……。そうして二人は、その時初めて、そうだった、ぼくたちって、まだ子どもだったんだから子どもなんて産めるはずがないよね!? という驚くべき発見をするのです。
 ここまで読んで、えっ、マジ!? マジにそんな本あるの!?
 とパニックしているあなたならこれ以上説明するまでもなく、この絵本がどんなに偉大な本か、理解してくださるでしょう。子どもなのに、これだけ紆余曲折を経なければ、自分は子どもなのだ、という肉体認識ができないほど、日々緊張し、神経を張りつめ、孤独を抱えて、死ぬことすらも知らずに生きている子どもたちが、いまの日本にも確かに存在するのです。
 逆にこの“病い”──愛情不足という名の病い──を知らない人たちには、この絵本はどこをとっても中途はんぱな、まったくのチンプンカンプンに映るでしょう。
 でもこの絵本がいってることは正しいのです。
 思わず涙が流れるほどに切なくて正しいのです。中学・高校の図書室には絶ーっ対に入れて読んであげてください。そこいらのマヌケで偽善しか書いてない性教育の本なんかの、数百倍もいい本だよ。絵も全然手加減していない、それでいてちゃんと子どものために描いてくれている本物だしさ。
 これ、いったいどこが創ったんだろう、ドイツやアメリカじゃないよな……と探したら、なんとスペインの絵本でした。これまたうまく説明できませんが、なぜか納得!です。(赤木かん子
『絵本・子どもの本 総解説』(第四版 自由国民社 2000)
テキストファイル化佐藤佳世