ぼうしネコのたのしい家

ジーモン&デージ・ルーゲ

若林ひとみ訳 岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 子どもの本の主人公となる動物と言えば、ネズミとネコが他の動物より圧倒的に多いのではないかと思うのだが、このシリーズも例外ではなく、ネコが主人公である。 第1巻『ぼうしネコとゆかいな仲間』は、帽子をかぶり、ハンドバッグを持って、二本足で歩くおしゃれな「ぼうしネコ」が、たまたまドイツの小さな田舎町の駅で汽車を降り立ち、町はずれで、長いこと人が住んだ気配のない大きな貸家を見つけ、家主に無断でそこに「試住」するところから始まる。3日後に現れた家主から、この家は家主が「不幸な子ども時代」を過ごした家で、そのためなかなか借り手がつかず、10年以上も空き家になっていたことを聞いたネコは、あとでこの家の価値が2倍になるように、自分が楽しく住んであげるから、と言って家賃をほぼ3分の1にまけさせ、その家に住みつく。物語は、人がよく世話好きなネコのまわりに次第に集まった風変わりな同居人の動物達の紹介と、彼らが繰り広げるゆかいなエピソードから成る。
 第2巻『ぼうしネコの楽しい家』も基本的には第1巻同様、彼らの身辺に起きたエピソードから成るが、時間的には、初夏であった第1巻の始まりから半年ほどたち、動物たちが冬眠する頃から、ネコの家にみんなが住むようになってそろそろ1年という頃までという設定。
 作品のおもしろさは、何といってもキャラクターのおもしろさによるところが大きい。おしゃれで利発で話し上手だが、心配性で臆病なネコをはじめ、しっかり者のニワトリのコッコ、もと船のりで勇敢だが、繊細で傷つきやすいイヌのクナーク船長、プリンが大好きなみなしごのプリンバチ、オペラ歌手志望のイノシシの子イガイガベービー、仲間は絶滅したワニのような動物ケーケー、好奇心が強いコウノトリのツンノメリ、奇想天外なものばかり発明する双子の小人エンドウ豆兄弟、光が苦手で切れた電球を収集しているムカデ、眠りながら後ろ向きに歩くラマなどの同居人。そして苦虫をかみつぶしたような顔をしている家主のマウルビッシュさん。皆どこか一風変わった個性の持ち主だが、なぜか憎めない。それは彼等の風変わりなところというのは、実は我々の誰もが多かれ少なかれ持っている人間の弱さや欠点だからだ。つまりこの作品は、擬人化された動物たちによるヒューマン・コメディーなのだ。
 だから人間社会に対する諷刺もある。特に第2巻のネコが留守の間に来る保険屋や押し売り転じて居直り強盗となるサルなどはその典型だ。また住む家のない動物や家賃の払えないネコなどには、住宅難な現代社会への諷刺も感じられる。さらに物語中の話と混同して宝捜しをする彼等の姿には、一攫千金を夢見て宝くじを買う人間の姿がだぶる。もっとも痛快なのは家賃を請求するマウルビッシュさんにネコがかけあって、ついに家賃をただにさせてしまう場面である。
 しかし作者の筆は決してそれらの人間の欠点を責めたてはしない。むしろ弱く傷つきやすく、仲間のいない者同志が、互いに肩を寄せ合って生きていくことの大切さを訴えている。ネコの家の住人たちが、互いの弱さや欠点を受けいれ合い、補い合って、楽しく暮らしているように。 この作品が人間や人間社会を諷刺しながら、寓意的で気のめいるような作品にならず、むしろ楽しいノンセンス・ファンタジーになりえているのは、人間の弱さや欠点を許す作者の包容力と人間への大きな愛のためであろう。(南部英子)                           
図書新聞 1991.9.21
テキストファイル化 内藤文子