ぶたぶたくんの おかいもの

土方久功/作
福音館書店 1985

           
         
         
         
         
         
         
     
 この『ぶたぶたくんのおかいもの』はですね、おそらく、福音館──ここ三〇年間、優れた絵本をつぎつぎ出版してくれて、いまの絵本の黄金時代をつくってくれた福音館の、その何千点という絵本のなかでも、最大の傑作、といえるんじゃないでしょうか。
 その割には全然有名じゃないし、あたりまえのような顔をして定番になってるわけでもないし、作者の土方久功氏だって絵本作家として有名人、というわけじゃないのが不思議でたまりませんが、でもこの本は凄い!の一語に尽きます。
 まずね、のっけからすごいのは、この主人公のこぶたくんには名前がないの……いや、ホントはあったらしいんだけど、このこぶたくん、しょっちゅう、自分でぶたぶた、ぶたぶた……とつぶやいてる、というくせがあるんだよ。それでお母さんまでがいつのまにか、彼をぶたぶたくんと呼ぶようになって、ホントの名前はなくなってしまった……と第一ページ目に書いてある。
 う〜ん、シュールでしょ?
 よくわかんないんだけどもさ、でも“腑におちる”んだよね。
 説明できないんだけど、納得しちゃうの。
 でね、ストーリーはそのぶたぶたくんが、パンとじゃがいもとトマトを買ってくるように、おつかいを頼まれる、という、子どもの本にはよくあるパターンではあるんですがね、その行った先のパンやさんていうのがさ、またとてつもなくヘンなのよ。
 なーんにもない、森と原っぱとたんぼのなかの一本道によ、そのパンやさんは忽然と現れるわけ、しかもその一軒だけ──。それだけじゃなくってこのパンやさんは背景になんと富士山をしょってる……。でもって売ってるおじさんもどこの国の人かわかんないし、並べてあるパンがまた、かおつきパン、というわけのわかんない怖いパンなのよね〜。
 つぎのやおやさんも野なかの一軒家でさ〜、こっちも売ってるおねえさんはどこの人かわからない……。おまけにものすごい早口の、やっぱりとてもヘンな人……。
 次に行ったおかしやさんのおばあちゃんは……変わってないな、とてつもなくゆっくりしゃべるほかは、さ。売ってるものも、ふつうだし──。
 ここでぶたぶたくんはからすのかあこちゃんと、こぐまくんと会い、まっすぐに行けば、きみんちだよ、と教えてもらい、楽しくおしゃべりしながら帰ります。
 えっ、まっすぐ……!? といま思ったあなたはエライ! でも、まっすぐなのよ。
 なぜってさ、これはぐるっと大きく円を描いてる一本道だからなんだけどさ……。
 でね、おうちの前ではね、おつかいに出したものの心配はお母さんが、ちゃーんと外に出て待っててくれるのさ。い〜いお母さんだろ?
 この奇妙に胃袋がねじれたような気のする絵本は、わけはわかりませんが、でも、読んだあと、とても深く深く満足できます。
 子どもたちは巻末の地図の線一本一本にいたるまで、とことんこの本を楽しむでしょう。
 大人になってしまって残念だ、と思うことは滅多にありませんが、子どもの時にこの本に出会えなかったことはつくづく悔しい……そう、私この本にぶつかったのって大きくなってからだったんだよね。でもって、訊いてみたら私のまわりってこの本のかくれファンがすっごく多くて、キャ〜、あの本知ってるのォ? という騒ぎになってしまいました。
 いいなあ、子どもの時に読んでて……。
 てなわけでお願い、福音館さん! この絵本、ハードカバーの定番でずっと出しといて! この本はそういう本なんだからさ!(赤木かん子
『絵本・子どもの本 総解説』(第四版 自由国民社 2000)
テキストファイル化佐藤佳世