ポーラ・フオックスのポートレート
―Portrait of PauIa Fox―

聖母女学院短期大学「研究紀要」第11集
1982/02
島式子

           
         
         
         
         
         
         
         
    
はじめに

 ポーラ・フォックス(PaulaFox,1923―)は,比較的地味な作家であるが,子どもの内なる眼を通して醍醐味のある数々の作品を書いている。フォックスの作品はその大半が珠玉の小編とも呼べるものである。自己の作家活動の集大成の形で,ただ一つの長編THe Slave Dancerが生まれている。作者が大事に温め続けて物語の中に綴る人生の真実は,ストーリーテリングの真髄を極めた世界である。ストーリーは,大上段にかまえたプロットにゆだねられて展開するわけでなく,その技法は職人の名人芸をおもわせる。
イギリスの批評家ジョン・ロウ・タウンゼンド(john Rowe Townsend,1922―)は最新の評論集A Soundingof Storytellersの中で,フォックスについて述べ,各作品に現われる新しさnewnessに触れて,恒常的に培われる新しい眼とそれに伴うセンシティブな情感を高く評価している。
 又,現代の子どもの本を最も新しい眼で鋭くとらえているナット・へントフ(NatHentoff,1925―)が,児童文学評論選の『オンリー・コネクト』(Only Connect)に収録されている「十代の若者たちのための小説」(``Fiction for Teenagers')で,子ども側のニードと文学性の両観点から高く評価している二冊のうち一冊は,ス-ザン・ヒントン(SusanE.Hinton,1948?―)の『アウトサイダーズ』(The Outsiders,1967)で,いま一冊がフォックスの『バビロンまではなんマイル』(How Many Mailes to Babylon?,1967)である。へントフは,この本が「いささかの説教臭もない」こと,又,主人公が「社会学的な調査研究の結果として生まれてきたような抽象的な子どもではない」とし,フォックスが「真に小説家の名に値する作家」であると激賞している(1)。
 フォックスは,1978年国際アンデルセン賞を受賞したが,この記念スピーチで次のように述べている。

The power of a good story is the power of imagination and great irnaging,Goethe wrnte,is the imaging of the truth,the effort to grasp truth through the imagination.It is the truth of life one finds in great stories....The heart of the matter.I believe,is that the art of storytelling is,ultimately,the art of truth(2)
 すばらしい物語に秘められている力とは,実は,イマジネーションの力に他ならない.ゲーテの言葉であるが,本来,想像とは真実について想像することであり,イマジネーションをめぐらす中で真実をとらえようとする努力そのものである。それが,偉大な物語の中で語られる,人生についての真実ということになる。……ストーリー・テリングの技術とは,とどのつまり,真実をいかに探るかというテクニッにほかならない.

 本稿では,イマジネーションに溢れるフォックスの静的な世界をいくつかの「ストーリー・テリング」を軸に辿ってみたい。

1.人と作品

 ポーラ・フォックスは1923年,ニューヨークで生れた。父はアイリッシュ系イギリス人の作家ポ-ル・H・フォックスで,母親はスペイン人である。8才の時,祖母の住むキューバへむかい,3年後にニューョークにもどっている。後に作者自身も述べていることだが,12才になるまでに実に9つ以上の学校に通い,同じ場所に数年住むこともめったにない「旅する子」であった。17才で新聞社関係の仕事を経験した後,機械工を経て,ボランティア活動に専念。その後映画関係,出版関係で働き,コロンビア大学で学んだ後,障害児の学校及びスぺイン系の学校で英語の教員になる。1962年,テレビの台本書きが契機となり,著作活動に入る。主な著作としては,大人の小説4作があり子どもの本は以下の通りである。
邦訳『バビロンまではなんマイル』,1967, Dear Prosper, 1968, The Stone-Faced
Roy, 1968, The Kings' Falcon, 1969, Portrait of lvan, 1969, Hungry Fred, 1969, Blowrfish live in the Sea, 1970, Good Ithan, 1970', The Slave Dancer, 1973, The Little Swineherd and Othe Tales, 1978, このうち The Slave Dancer で1974年にNewbery賞(3)を受け,1978年のハンス・クリスチャン・アンデルセン賞に続き1979年にNational Bookawardを受けている。
 ポーラ・フォックスの文学は,少数派の文学として常に考えられがちである。これには事実としての一面と,あながちそうとばかりは言いきれない側面とが考えられよう。広い層の子どもたちが群がるタイプの作品は,フォックスからは生まれない。フォックスは,彼女をめぐる特殊かつ緊張した状況の中で,幼少時から,様々に異なる風土を背景に,他者とのかかわり方にかなり強烈な体験を経ている。
「子どもというものは,おとなが考える以上に痛みを感知するものである。わざとらしいハッピー・エンドは必要でないのだ」という彼女の発言から,我々は,作家の子ども観と児童文学についての厳しい考えを推し測ることができる。子どもの情緒面への深い洞察,及び内的葛藤への鋭いアプローチの方法は,おのずとフォックスの血肉化したものとなっていった。しかしフォックスは彼女の文学の世界を,体験にのみよりどころをもとめた,風俗化した形で描くことを一切拒否した。そのことは,言葉をかえれば,子どもの本における非常に危険なおとし穴,すなわち,体験的教訓主義から,作者自身を救ったことにもなるのである。
 一方,現代社会のひずみを最も端的にこうむって生きる少年達が,成長期に仮にフォックスの作品と邂逅し,その同時代性を見出すならば,作者とともに旅だつ子とも達が必らずや生れるだろうと思われる。「現代」のかかえる青少年の問題の方向性に注視する時,彼らが文学からますます逃避する形態にも深い関心をよせたいところだが,同時にフォックスの文学にむけての読書層の増減,及びインヴォルヴされる過程についての推移は,興味のつきない点である。

2.フォックスのポートレ一ト

 1969年に発表になったPortrait of Ivanは,その緻密さと練りあげられた構成で,フォックスの人と作品をさぐるには恰好の一篇である。
 Portrait of Ivanは,タイトル通りに「イヴァンのポートレート」がその本の内容であるが,これはイヴァンを描いた一枚の絵のポートレートという事物そのものの意味でもあり,また同時に作品全体がイヴァンという人間のポートレートを描くことにもなっている。その二重構造は,即,作者のフォックス自身をポートレート化したものになっており,作者は「イヴァンのポートレート」と題して実は自画像を描き,みずからの文学の世界を一枚の絵に託したともいえるのである。この作品で重要な要素をなす事項は,総じて他の作品にも必らず問題化され,形を変えて書きこまれているものである。
 Portrait of Ivanの主人公イヴァンは,母を亡くした11才の男の子である。人生そのものが仕事の一部のような人間像が,イヴァンの目にふれる父親であるが,その父親が画家のマットに,むすこのポートレートを依頼して物語は始動する。モデルをつとめる間,本の読み聞かせをして退屈な時間を救う不思議な老女マンダビーが,影のような存在として登場する。父親と織りなす日々が,明快だが含みのない乾いた日常のくり返しであるのとは異なり,その二人の世界には,イヴァンが入りこむ余地のある時間の幅が存在していた。ポートレートを描く一方,マットが筆をすすめていくもう一枚の画は,冬景色をバックに,大きなそりの中に一家族を描きこもうとする作業だった。この画の完成が,この作品の結末と見事に一致して語られるが,その過程で,Ivan一家の母親の死をめぐる一つのなぞと悲劇が徐々に解明されていく。丹念な状況づくりを布石に,作者は,気候条件を異にしたフロリダ州行きヴァカンス旅行にイヴァンを放り込む。この頃には我々は,イヴァンの母がロシア人であったことを知らされ,画は,彼女が3才の時,一家が国境を渡る時点を再現したものであることを了解している。画の世界が具象化される につれ,祖母の死と祖父の消息など,イヴァン一家の過去と現在が浮きぼりにされ,イヴァンの存在そのものが希薄であった作品の冒頭からは予想できぬほど,少年のリアリティが増してくる。自然の勢いが蔓延するフロリダで,少年が経験したことは何だったか。裸足の少女ジェネバの野生的でシンプルな生きかたは,少年にとって大きな驚きだった。多感な内面を表現できぬまま,くすんだ色あいの生活に終始した少年は,今こそ自画像を描きなおし,父のもとへ帰った時,父親と自身にとっての母親の意味を問い正すのだった。はじめて父親と足場を一にした時,少年は,愛する妻を事故で亡くした男の悲劇が理解できるのだった。やがて届けられたポートレートに,少年は納得のゆく自画像をみいだす。又,そりの中には,苦悩と疲労の極にある祖母に老女マンダビーが,当時3才の無邪気な少女だった母にはジェネバが,伯父には画家のマットの顔が,それぞれ描かれて,イヴァンを見つめるのだった。読者の手許には,自分の存在の位置と意味を確認した少年の,ずっしり重いポートレートが残される。ここには,フォックスが物語づくりの中で結晶させたいくつかの要素が鏤められている。それらは大別すると五つの項目に まとめられるだろう。(1)主人公の少年像,(2)冒険と旅,(3)大人と子ども,(4)心理を追求した静的な世界,(5)シンボルとイマジネーション。次に,各々の項目をフォックスの他の作品の中にさぐれば,作者が「物語る価値のある思想」について,終始一貫した姿勢を保ち続けていることに気付く。

<(1)主人公の少年像>
 ポーラ=フォックスは,作品の主人公にほとんど男の子を設定している。 Portrait of Ivanのイヴァンは11才,『バビロンまでは何マイル?』のジェームズは10才,Stone-Face Boyのガスは10才くらい,Blowrfish live in the Seaのべンは16才, The Slave Dancerのジェシーは13才である。各々の状況を要約すると,ジェームズ少年は母親と二人暮しだが,その母親が病気で入院中であり,唯一の楽しみは空家で空想にふけることである。独りただずむ彼の心の中では,母親が祖国アフリカの女王となり,少年自身はプリンスとなったイメージの世界が広がっていく。Stone-Faceのガスは,五人兄弟のまん中である。兄弟のなかで,どうにもとり残され拒絶され,自分の穀に閉じこまざるをえない状況にある。Blowrfish live in the Seaのべンは,社会のアウトサイダーとして自分を強烈に意識する少年である。母親はべンをつれて今の夫と再婚しているが,べンには自分の本当の父親との絆を切り離して生きていくことができない。あたたかい家庭があって,しかも少年は孤独である。The Slave Dancerのジェシーは,ある日突然誘拐され,奴隷船Moon-light号で予期せぬ運命の船旅を経験する。船員と多数の奴隷にむせかえるなかで,少年の仕事は,劣悪な衛生条件と不安におびえる奴隷の健康を守るため横笛で音楽を奏し,奴隷に身体的発散をうながすものであった。絶望的な孤独感が終始ジェシーの胸を去来する。
 こうして,ヒーローの五人の少年の内的孤独感がフォックスの各々の作品の大前提であることが明確になろう。

<(2)冒険と旅>
 少年が孤独であることを認識した段階ですでに,冒険と旅への志向基盤は出来あがっていると言っても過言ではあるまい。孤独であることは最大の恐怖となり,少年達はとにもかくにも足をふみだそうとする。ジェームズは犬泥棒を強いられた結果,海のにおいのするコニーアイランドまで逃亡の旅に追いつめられたのであって,決心した自立の旅ではない。同様にジェシーも,誘拐されてはじまった奴隷船の旅である。あこがれのはなやかな航海記ではないが,ここに広がる世界は,かつてない歴史的な海の大冒険物語である。一方ガスは,降りしきる雪の中へ,わなにかかった犬を求めて出発する。みずからの気持をふるいたたせ,勇気をわきおこしての冒険であった。べンは,社会的に完全に落ちこぼれた中年の父親を直視するために,ボストンに向う。若者にとってのいかなる栄光も希望も愛もない目的地に,それでもべンはむかおうとする。イヴァンは,すでに内的にかなりの冒険をはじめていたところで,フロリダへの旅に出発する。一人の少年の行先は各々千差万別だが,彼らの旅には必らず折り返し点があり,冒険を経た後に辿りつく場の設定がある。その場は,必らずしも旅に出る以前から少年達が確保してい たものではなく,むしろ旅を経てはじめて認識したものである。他者とのかかわりの中で自分の生きる場を獲得するにいたる少年像が,浮きぼりになる。読者の楽しみは,少年達がやりなおしも肩がわりもきかぬ自身の尊さに気付いた時,かすかにもらす微笑とであう時であろう。

<(3)大人と子ども>
 イヴァンがフロリダに旅し,まもなくわが家へ向って帰ろうとする前日,次のような印象的な言葉をはく場所がある。

Ivan realized that he was nearly always being taken to or from some place by an adult,that in nearly every moment of his day he was holding onto a rope held at the other,end by a grown-up person(4).

 独りきりでいるときでも一日のどんな瞬間にも,どこかで大人と結びついているような気持をイヴァンはいつも抱いていた。その根もとをいつも大人がしっかりと握っているロープの先端に,自分分がいるのだ。

 マットと出あって,イヴァンは必然的にこのロープを放すが,その瞬間,それまでのはずみのない気分から軽やかでいきいきした世界に踊り出る。大人と子どものあいだにかわされるこのロープは,相互必要で保たれるものだが,フォックスは,切り離す力と時を子どもの判断にゆだねている。それが子どもだけの問題ではなく,むしろ大人と子ども両者の問題であるからこそ,子ども側の結論が重要視されるべきことがらなのである。それを受ける責任と覚悟が大人側に要求されるのは自明の理であるが,大人は,怠慢にも子どものそうした成長を見すごしがちである。イヴァンには「父親が話していることがらが理解できない。」言葉の「意味はわかる」が理解できないままに、ロープの先は父親のもとを離れていなかったのである。又,画家のマットがなにげなくもらす「淋しければ来るだろう」(5)という言葉に,イヴァンが驚く場面がある。「大人でも寂しい」ことが,大人の口から子どもである自分に対等に語られた時点で,新たな段階で他者とのつながりが生まれたことに少年は気付くのである。フォックスは,このロープの重要性を痛いほどに感じる大人でもある。
 ガスは自分をとり囲む世界から完全に疎外された少年で,自閉的な自身のあり方に悶々としながら,援助の手を待ちのぞんでいる。そんな彼が,雪の降る闇の世界にとびだそうとするとき,ロープの根元から手の暖みが少年に伝わる大人が設定されている。それは,突然来訪した,父のおばと称する奇妙な人物である。五人兄弟の中で唯一人ガスにのみ手わたされたgeodo(晶洞)が,おばと少年をむすぶロープになり,少年ははじめて他者との絆の確かさを知る。ジェームズも犬泥棒の少年達の手をのがれて帰宅した時,「おばさんは長い間,なんにもいわないでジェームズを見ていたが,やがてジェームズの腕をとってひきよせた……。」(6)その時,実はロープが随分長くのびていたことを知り,その根元に,待ちこがれていた母親を発見する。「ジェームズのべッドに小さな女の人がすわっていた。髪を根もと近くで短かく切ってあるのでいつか植物の時間にメドースイート先生が学校に持ってきた,アザミの種みたいだった。」(7)それは,アフリカの女王の「白い服」も「黒くて長い髪」も「冠」もなにもつけない母さんの姿だったが,「しばらくね,ジミー。」(8)の言葉は,もつれあったロープを放りなげてしまった少 年の気持を見事に代弁する。べンは同様にたぐりよせたロープにからまってきた父親を切り離し,対等なる二人の大人として出発する。海をこえて,The Slave Dancerのジェシー少年は母親からのロープを手さぐりしたが,過酷な経験は,その後同じロープでつなげぬ大きな裂けめを,その人生に残したともいえる。又,大人と子どもの間にかわされるこうしたロープをめぐって登場する大人像が,社会のアウトサイダーである点,注目に値いする。彼らは独自の視点から,子どもに「ある世界」を積極的に提供する。そしてそこには,子どもが渇えていて熱望する,想像力にとんだ一つの宇宙の広がりがある。
 フォックス自身の大きな危倶は,現代の社会において,こうしたロープが存続するかという点に深められているようである。自身の意志に反してすべてのロープをぶった切られた子どもにこそ,「現代」の問題は集中するのだから。

<(4)心理を追求した静的な世界>
 少年の静的な心の世界を追求する技においては,フォックスはおそらく児童文学の世界で屈指の作家であろう。抽象的な概念でのみ「新しさ」を自負する作家の虚偽の皮は,この点で一気にはぎとられる。大芝居をうった制度からの大変革は,何ら子どもの心の解放につながるものではないことを,フォックスは,子どもにかわって静かに指摘する。日に日に複維な様相を呈する現代社会にあって,かつての子ども,自由放任主義の牧歌時代は,フォックスの中で完全に終馬を告げている。又,そうした社会状況に生きる子どもを,客観的に統計分析することも,作者にはできない。子どもと大人がコミットしあい,密接なかかわりを持つことが「現代」の大前提になっているとフォックスは考えている。そうした極限の状況を描きながら,作者がもっとも綿密にたどろうとするのが少年の心の動きであり,同時に,それを描く文章にむける実に細やかな心配りである。「洗たくかごの中につっこまれておぽれ死にしそうな」(9)むんむんした部屋の空気,「紙袋のなかにいるみたいな気分」(10),「暗闇は,ものみたいだった。動物みたいだった」(11).など,巧みなメタフォーが,少年の感情と内的な心理状態を見事に具象化して いる。
 自閉的傾向にあるガスは,自己が表現できぬ少年の代表である。怒りも哀しみも笑いも,自分の表情としてあらわせぬ少年について,フォックスは次のように語る。

He had swallowed a small extraordinary animaI which in turn had swallowed up all his expressions,his tears,the sounds of laughing(12)

 何だかとてつもない変な動物をのみこんでしまったら,やっかいなことに,それは,逆に,少年の表情,涙,笑いなどをのみこんでしまった。

 この少年が自分の殻を突破した時の歓喜の響きは「ふきだして頭がはちきれそうな感じ」“Hisheadwas bustinglaughter."(13)であらわされる。The Slave Dancerのジェシーの悲痛な叫びは,一人称で綴られた狂気の航海日記となっている。少年のかなでる横ぶえの音楽は,地獄にあってなお奴隷の身体と心を,リズムと調べの中で躍動させる。仲間の一人が海に投げこまれても,怒る力と気力さえ持たぬ奴隷の集団を見た少年の壮絶な気持は,次の文章に集約されてゆく。
I found a dreadful thing in my mind.I hated the slaves! I hated their shuffling,their howling,their very suffering..….I wished them all dead! Not to hear them! Not to smell them! Not to know of their existence!(14)

 ぼくは自分がおそろしくなった。奴隷をにくんでいた。そのうなり声にも,緩慢な動きにも,苦痛の表情にも,嫌悪の気持しかわかなかった。皆死んでしまえばいいのだ。その声を耳にすることも,においをかぐことも,その存在もしらずにいたいよ!

 最も危険な思想の落し穴に入りこんだ少年の若さと危機を指摘しながら,フォックスは,自己の中にはじめて他者を発見した人間のリアルな実像を描いた。ここで作者は,「大人」「子ども」というわくを越え,極限状態にある人間の心理にせまって,歴史的時代を越えて「現代」を語ることに成功している。作者がストーリーテラーとして,確固たる自信のもとに次のように述べている点もうなづけるゆえんである。

In the imaginative effort that lies behind a good story,there is no difference between writing for children and for adults (15)

 すばらしい物語に潜む想像に大人向きとか子ども向きがあるはずはない。

<(5)シンボルとイマジネーション>
 フォックスの作品には,数多くシンボル化された事物の登場がある。大きな背景に,海・霧・雪・夜・影・光など自然の設定される場合が多いがこれらがすべて画一的に一つのイメージでとらえられていない点,興味深いものがある。そうした自然の世界に埋れて生きざるをえない人々の群れの中に,異質な人間として深くかかわってゆく人間の心をさぐることに,詩情溢れる筆がその冴を増す。実際の世界とシンボルの世界とが,ほぼ切れめなしに語られるから,常にある種の「不思議さ」が底を流れる形がとられ,読者は幻想と現実の中を往きつもどりつの二つの世界に遊ぶことができる。降りしきる雪の中,ガスが出あう老夫妻は,いかにもリアリティのない人間像である。あるいは,少年の心の夢が幻影のごとき別世界の人間像を創り出したのかもしれないことを,作者は示唆しながら,その世界と接点をもった少年に及ぼしたひきがねの要素に大きな関心をよせている。同様に,自己の幻の世界で踊っていたジェームズは,母親と再会した時点で現実の世界actual worldに直面し,女王という幻影illusionでない母親を自分の中にうけいれて成長の節をこえてゆく。
又,フォックスは,作品の中で明確なシンボルを一点示すことで,ある一つのイメージの世界をくりひろげる手法をもちいる。『バビロンまでは何マイル?』は,終始少年達が手もとあかりにして進む「ろうそく」が,伝承童謡の「バビロンまでは何マイル」に呼応して,「新しい海のにおい」を知ったジェームズの旅に新しい火をともす。Blowrfish live in the Seaでは,夢と嘘の世界に生きる父親からプレゼントされた「ふぐ」が一つのシンボルである。「アマゾン河」のみやげと称するふぐを手にしたべンが,書きなぐる落書きの「ふぐは海に住んでいる」には,父親の在り方,父親と息子の関係,父親に対する少年のやりきれないおもいが,見事に象徴化されている。最終的にはこの題名通りの世界をみすえようとした,父と息子の出発に意味がある。ガスは,与えられたgeodeを割ることを他の兄弟に強いられる時,自身が殻を壊そうとする時が満ちるまで「誰にもさわらせない」決心をして,NOを表明する。Portrait of lvanにおけるカメラと絵の象徴的な対比は,少年の成長と心理とあいまって興味深い。ここでは,カメラをめぐって父と息子が一つのドラマを展開する。父親は,何事もカメラにおさめ,記録して整理する人間であるから,少年にも自分と同様の体系づくりを無意識に強要している。そんな父親と,地名に対しては地理辞典の抜粋事項でしか反応できぬ教師のもとから旅だった時,少年は敢えてカメラに手を触れない。経験したり感じたりすることの重みを,少年は実感し,同じ視覚を通して描かれる絵の世界に,新たな眼をむけるようになる。ここでカメラのシンボルを固定させてしまえば,単に教条的要素を残すにとどまるところだが,フォックスは,写真を切り札にして輻輳した人間の内面を鮮やかに切ってゆく。それは,少年が求め続けた亡き母親の一枚の写真である。言葉には語り尽せぬおもいを,妻の幻影でもある一枚の写真に託した父の哀しい姿を,少年は眼のあたりにするのだった。一方,誰も写真にうつすことが出来なかった国境越えのドラマは,イマジネーションの力で一枚の絵として完成する。絵を描くイマジネーンョンの力も,写真をみてはたらくイマジネーションも,実は何らかわることはないのであ る。両者ともにイマジネーションを媒介とした幻影の世界である。ただ,カメラという機械でなく,人間の手で描かれる絵画という手法に,フォックスがみずからの物語づくりの幻影をみていることは明らかである。

おわりに

 フォックスの作品には特別なプロットがない場合が多い。出来事をつみ重ねたすじは,すべて主人公の少年の内なる眼を通して見た世界である。それゆえ,ストーリーテラーのフォックスは,ヒーローの心の眼を丹念に綴ろうとする。又,美しい調べがストーリーテリングの基本でもあろうから,全編バランスのくずれぬ一貫した調子がつらぬかれる。デビッド・リース(DavidRees)が評論集The Marble in the Wterの中で絶賞するように,「言葉の美しさと,微妙なニュアンスを的をえて語る,リズム感のある文章」(16)は絶品である。フォックスの'70年にいたる作品の核になる調べはPortrait of lvanにほぼ集約されよう。その後'70年はじめに発表された長編The Slave Dancerには,歴史を見すえた作者の新しい出発の眼が光り,作品のスケールも大きい。まわりは海で逃げ場のない世界にあって,少年がみつめたものは,この世の地獄と大人達の心の様相だけではなかった。自身の姿をいつわりなくみつめた時,この少年の本当に苦しい人生が始まったのである。その後南北戦争を経て奴隷解放宣言もすごし,1840年に体験したできごとを,自分でも忘れてしまえる日を少年はむかえる。ただ一つ,作者は,声の調子をしずめて語るのである。「私は音楽を聴くことができなくなった。どんな歌声にも楽器にもたえられず…黒人の男や女や子ども達のけだるい,いつはてるでもない踊りが,私の脳裏を離れなくなる。やがて重いくさりのにぶい音にかき消されるように,横笛の調べもあれくるう海の中にかきけされてしまう。」(17)
「いかなる物語も一つの比愉である。人生そのものではない」
I think any story is a metaphor.It is not life(18)
と言いきった作者の物語づくりへの確信が満ちている。
 子どもの本におけるハピー・エンドとはいったい何を意味するのか。作者はみずからの複雑な気持も投影しながら,児童文学の位置と視点を鋭く問うている。この作品が,'70年代を代表する作品と指摘されるのもうなづけるゆえんである。


(1)Nat Hentoff,“Fiction for Teenagers",in Egoff,Stubbs and AshIey(eds.),Only Conect(1969,OxfordUniversity Press),p.402,清水真砂子訳,10代の若者たちのための小説,『オンリーコネクト』(1978,岩波書店),200頁。
(2)Paula Fox,“Hans Christian Andersen Medal Acceptance",in The Horn Book,Volume LV (April 1979),p.223
(3)年間を通じて子どもの本の中で最も貢献した作品に与えられるアメリカの児童童文学賞。
(4)Paula Fox,Portrait of Ivan(1969,Dell PubIishingCo.Inc.) p.105
(5) Ibid.,p.26
(6)ポーラ・フォックス,掛川恭子訳『バビロンまではなんマイル』,205頁。
(7)同上,210頁.
(8)同上,212頁。
(9) Paula Fox,op.cit. p.31
(10)ポーラ・フォックス,掛川恭子訳『バビロンまではなんマイル』,188頁。
(11)同上,126頁。
(12) Paula Fox,The Stone-Faced Boy(1968,Bradbury Press) p.51
(13) Ibid. p.102
(l4) Paula Fox,The Slaver Dancer (1973,Dell Publishing Co.Inc.) p.69
(15)Paula Fox,“Hans Christian Andersen Medal Accepta・nce",in The Horn Book,VoIumeLV(April1979),p.223
(16)David Rees,The Marble tinhe Water(1979,TheHarn Book,inc.)p.114
(17)Paula Fox,The Slave Dancer(1973)p.127
(18)Paula Fox,A.Sence of Story(1971,J.B.Lippincott Company) p.95