フランダースの犬


ヴィータ 畠中尚志訳
岩波少年文庫 1872/1957

           
         
         
         
         
         
         
     
 非常勤で教えている教室の学生に先日アンケートをしたら、七十名中実に五八名がこの物語を知っていました。種明かしをすると、実はアニメで観た人が四四名(にしても一四名が読んでいる)。でも、そうであってもこの物語の普及率は相当なものといっていいでしょう。しかもアニメ初放送は彼らが生まれる以前(一九七五)のことですから何度も再放映され、支持されていたこととなります。発表が一八七二年でありながら未だに受け入れられている物語。
 舞台はアントワープ近郊の農村。ネロはジェハンじいさんと二人暮らし。近所の農家から町へミルクを運ぶ手間賃が唯一の収入源で、二人とも何日も食べられないことも。ある日、使い捨てられたパトラッシュを連れ帰り介抱。恩義を感じたパトラッシュは以降ミルク運びの仕事を手伝う。村の大農園主の娘アロアはネルロの幼馴染。しかし農園主は身分違いのネルロと付き合うことをアロアに禁止する。ジェハンじいさんの死。その後、風車が燃えたのもネルロのせいだとされ仕事を失います。食べ物もない日々。イブに絵画コンクールに入選する夢も破れ、絶望するネルロ。農園主が落とした全財産の入った袋をたまたま拾った彼はそれを届け、パトラッシュの世話を頼み、憧れのルーベンスの「キリスト降臨」のあるノートルダム大聖堂へ。パトラッシュは屋敷を逃げ出しネルロを追う。自らの非を認めた農園主。が、時すでに遅く、明け方ネルロはパトラッシュと共に、初めて見ることができた「キリスト降臨」の元、冷たくなっているのを発見される。嘆き哀しむ農園主。とそこに、著名な画家が駆け込んでくる。この少年こそ優勝すべきだった。彼は天才だ!と。
 長々と粗筋を書いたのは、この物語が少年を忠犬と共に死んでいく方向に持っていくことに全力を注いでいるのをクリップしたかったからです。「この世に生き長らえて苦しむよりは、死のほうがふたりにとって幸福でした」というわけ。子どもに対するロマンチシズムここに極まれり、でしょうか。フランドル派の絵画への憧憬もあったでしょうが、イギリスの作品でありながら、舞台をベルギー、しかも北部フランドル地方にしたことも、英語圏の人々のロマンをかき立てるためといえます。ところで、最後のネルロは一五歳になっています。少年と呼ぶにはギリギリのところ。ネルロ自身、アロアへの想いは、りっぱな画家になったときに結婚したいというものです。ですから、少年より若者といっていいでしょう。さすがその辺りもあり、現在ではロマンチシズムとしてはちとシンドイ。であるのに、この国では今でも一四冊の『フランダースの犬』を読むことができます。つまり、ネルロはこの国に於いて、いつまでも悲劇の少年として愛されているわけです。アントワープ近郊のホボケン村にはネルロとパトラッシュのブロンズ像があります。もちろん日本人観光客のためにね。(ひ こ・田中)
徳間書店 子どもの本だより1999/12