不良と呼ばれたベン

ヤン・デ・ツァンガー

天沼春樹訳 森ヒロコ画 金の星社 1988

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 中学生による両親祖父母刺殺事件が記憶に新しく、心に悩みや病気を持つ子供達がいかに多いか、どうしたらそういう子供達の心に少しでも触れることができるのか、ということを漠然と考えていた矢先だけに、私はこの作品を非常に身につまされて読んだ。しかしこの作品では、どうしたら子供の心をとらえられるか、などというhow to 的なことが述べられているのではない。むしろ我々大人が、繊細な子供の心にいかに鈍感で、どれ程ひどく彼らの心を傷つけているかを、まざまざと見せつけられる作品である。しかし作品の中で明らかにされていく思春期の少年の心理、周囲の誰にも理解されずに死んでいった孤独な少年の心の軌跡は、衝撃的ではあるが、私には非常に興味深く、私も主人公と共に、夢中で彼の心の足跡をたどったのであった。
 物語の舞台はオランダで、職業教育を受ける実科学校の十年生(日本では高校一年生にあたる)で不良と呼ばれていた十七才の少年ベンが、ある晩バスにひかれて死んだという設定。クラスメート達は、その時になって初めて、彼が十年生を二回やっていた留年生で、時々自作の詩を学校新聞に投稿してていた、ということ以外ほとんど何も彼について知らなかった、ということに気付く。クラスメートの一人フェル少年は、ガールフレンドのメータと共に、本当の彼を知りたくて、彼の心の軌跡をたどり、意外な事実を知る。そしてその過程の中で、フェルとメータの間には、思春期らしい初々しい恋が芽生え、彼ら自身も心の成長を遂げる。
 物語の構成は、ベンの心の軌跡の追求というメインプロットと、フェルとメータの恋というサブプロットが非常にうまく組み合わされている。例えば麻薬に染まったベンについて警官のハロルドおじさんに意見を聞く場面は、フェルをメータの両親に紹介するチャンスになっているし、サブプロット上の一つの山場であるメータの乗馬試合観戦は、ベンや非行に走る少年について、メータの父親から医者としての意見を聞く場にもなっている。そしてこれらの専門家による分析や一般論が、ベンの母親やベンのガールフレンド、エリーによって語られる積極的な証言を補強し、両者が有機的に結びついて、ベンの心の軌跡を描き出している。それは丁度ジグソーパズルの一片一片が、どれも捨てがたく、互いに支え合って全体として一つの絵を作り出しているようなものだ。また思春期の微妙な心の揺れを表す情景描写や心理描写も多く、それが、ともすれば新聞の社会面の記事のような分析的・客観的な口調になりがちなテーマに、物語としての味わいとふくらみを与えている。更に、ベンの死後半日以内に行方不明になったハルトーフ先生が、ベンの死とどのような関わりを持つのか、という推理小説風な サスペンスは、物語の最後まで続き、読者の興味をひきつける。
 ところで、ベンは、果たして本当に不良であったのか。確かに彼は、親に反抗し、無口で自分の殻に閉じこもり、麻薬に手を出し、親の金をくすね、それをとがめられると家出をし、外泊する。学校も休みがちになり、留年もした。死亡する直前には、ヘロインを所持し、それを売買しようとした罪で逮捕拘留された。しかしこれらの問題行動の裏には、自分のバイクが原因で、弟に一生後遺症が残る程の大怪我をさせた責任を強く感じ、また社会や政治に対する不満から、本気で社会改革を考える純粋で繊細な少年の姿があった。また麻薬をやめようと決心し、そう約束しているにもかかわらず、誰にも信じてもらえず、教師にはいびられ、友人には冷たい目で見られている少年がいた。そこには親にも教師にも友人にも理解されず、すてばちになりながらも必死であたたかさを求めている少年の姿があった。
 ベンの母親やエリーはいう。ベンと関わっていたすべての人々が、みんなして彼をだめにしてしまったのだ、と。この指摘は鋭く、考えさせられる。しかし作者は、ベンがだめになっていった原因を、周囲の人間の偏見や冷淡さだけに帰しているのではない。メータの父親はいう。ベン自身も自分の苦しみを乗り越えていかなくてはならない、と。そして更に、それには勿論誰かの支えが必要なのだ、とも言う。誰にも支えられず、最後の頼みの綱が切れた時、人はどうすべきか。ベンの謎の死をめぐって意見は分かれよう。
 この作品は、ドイツをはじめ欧州諸国では、教室での集団読書の教材として使われているという。孤独なベンを取り巻く人達は、それぞれどのように彼に接すべきだったのか、またベン自身の行動や態度をどう思うか、などいろいろな問題を、読後にそれぞれの立場から考え、互いに意見を交換してみても無駄にはなるまい。(南部英子
図書新聞1988/09/24

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