ふたりの世界

ジョアン・リンガード
晶文社刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 ジョアン・リンガードの「ふたりの世界」五部作(晶文社刊)の翻訳が、このたび完結した。まだ十代の男の子と女の子が、周囲の反対を押し切ってままごとのような結婚をし、住居や職業を転々としながら、やがて本ものの夫婦になり、本ものの家族を作って行く話である。
 これだけなら、よくある話に思える。だが、男の子はカトリック、女の子はプロテスタント。ともに北アイルランド紛争のまっただ中を生きる若者である。と言えば、この物語のポイントは自ずと理解されるだろう。
 一つの町が宗教と政治の対立によってまっぷたつに引き裂かれる中、第一部『ベルファストの発端』では、子ども集団同士の小競り合いが際限もなく繰り返される。男の子ケヴィンと女の子セイディーは、似た者同士の好敵手。この段階では、まだ他愛のないゲームのようなものだ。だが、彼らが大人になるにつれ、そのゲームも次第にエスカレートして行く。第二部『バリケードの恋愛』になると、ケヴィンはプロテスタントの女の子とつきあっているというだけで、仲間から半殺しの目に合わされる。二人をかくまってくれた老人は、それが理由で本当に殺される。幼い頃から刷り込まれた互いへの偏見が、本ものの憎しみに変わる構図ーー。だから、二人は駆け落ちするしかなかった。
 第三部『ロンドンの生活』以降は、舞台が北アイルランドではなくなるため、物語に占める紛争の比重もBGM程度のものとなる。だが、紛争はほかならぬ二人の中にしっかりと根づいている。ほかの点では愛する妻であり、夫であっても、二人は互いのプロテスタントらしさ、カトリックらしさを、どうしても許容することができない。集団に生まれた憎しみを個人のレベルでどう解消して行くか。それが全巻を通じて二人に課せられた課題なのだと思う。
 けれども、それだけではない。「よくある話」の部分だって、けっこう面白い。この部分を支えているのは、二人のキャラクター、特にセイディーのキャラクターの魅力である。直情型の彼女は、喧嘩っぱやい。言い出したら、後へは引かない。思いついたら、即実行に移さないと気がすまない。決して能弁家ではないのに、人をまるめこむのがうまい。妻になっても、母になっても、故郷の町を暴れまわった少女時代のエネルギーが枯渇することはない。だから、二人の間がいかに険悪になろうと、二人の暮らしがいかに貧しかろうと、この話は明るい。
 第四部『チェシャーの農園』第五部『ウェールズの家族』では、都会と田舎の違い、大都会と地方都市の違い、家族のしがらみ、人種問題、非行問題など、新たな話題も導入されて、ストーリーはふくらみを増して行く。
 訳文は、こなれていてとても読みやすい。いろんな意味で読みごたえのある、読み終わって元気の出る物語である。(横川寿美子)

朝日新聞 1989/08/25