林 明子の本


           
         
         
         
         
         
         
    

 『あさえとちいさいいもうと』『はじめてのおつかい』どちらの話も日常の中で起こり得ることですが、子どもにとっては重大事です。小さな心一杯に広がる不安に押しつぶされそうになりながらも、懸命に問題に立ち向かっていくみいちゃんやあさえちゃんの心の
内を絵が語ります。
絵本を読むことになって、久しぶりに懐かしい絵本と再会しています。「やあ、お久しぶり」って声をかけたいほど、図書館には何冊ものお馴染みの絵本が並んでいました。時代を超えて読み継がれていく絵本の数々は、どんな時代でも、子ども達の共感を呼び、心を捉えて離さないことを再確認しました。
林明子さんの絵本もその中の一つです。どの本を開いてみても、天性としての子どものやさしさ、あいらしさ、けんめいさに心を奪われます。林さんの描く絵は多分大人にも子どもにも好かれる絵なんでしょう。
『おててがでたよ』などの赤ちゃん絵本はその代表ではないでしょうか。子どもの表情のかわいさに加え、仕草の一つ一つが愛らしく、発する声までも聞こえてくるような絵で、赤ちゃんの感触までも思い起こさせてくれます。その上、これ以上ないほど温かく、優しい色使いで絵を見るだけでも心地よい世界に入っていけます。
幼児向けの絵本も、絵が言葉の解説や補いではなく、絵そのものにドラマ性があるので、言葉を十分に獲得していない2歳位の子どもでも、絵を追うことで十分に物語の世界に入っていけます。
『あさえとちいさいいもうと』『はじめてのおつかい』を孫に読んでやった時、今この子の内心で何が起こっているか、表情を見れば一目瞭然でした。
☆『あさえとちいさいいもうと』 筒井頼子作 林 明子絵 ちょっと目を離したすきにいなくなった妹を捜す物語です。主人公の心の動きがそのまま絵になっています。あさえの必死な姿を、色んな場面にテレビカメラを据えて回しているようにとらえています。すべての場面に臨場感があり、幼いあさえの後ろ姿にせっぱ詰まった表情があります。やっと捜し出した時、安堵と喜びに加え、今まで以上のいとおしさで、妹を抱かずにいられないあさえの気持ちが絵から伝わってきます。ずっとあさえと一緒に妹を捜してきた幼い読者の緊張も一気に解け、さらに二人を迎えにきたお母さんと三人で、手をつないで帰っていく裏表紙を見て、暖かい充足感で一杯になるのです。心憎いほどの演出で締めくくっています。
幼い読者は重大事を一身に引き受けた主人公と同化し、とても深刻になるのですが、その先にちゃんと心地よい瞬間を用意してくれていることを、嗅ぎを分けているから、安心して物語に引き込まれていくのでしょう。
共に1945年東京生まれの息の合ったコンビが描く絵本の世界は、あさえの続編とも言える『いもうとのにゅういん』の他『おでかけのまえに』『おいていかないで』等が、同じ福音館から出版されています。
文を書いた筒井頼子さんは、子どもの頃から『ハイジ』や『赤毛のアン』などの親のいない主人公に憧れていたそうです。筒井さんの絵本に親不在の場面が多いのは、そんな本の影響があると筒井さん自身が書いています。(子どものとも323号)
幼い頃から空想好きで、母となってからも3人のお子さん達と時に空想の世界で遊んでいたようで、筒井さんはお子さん達と色んな楽しい時間を共有する中から、絵本の文を紡ぎだしていったのでしょう。もちろん小さな試練がやってきても、いざとなったら子ども
だって意外な力を発揮することも、子育ての中から知っていたのでしょう。がんばれがんばれと後方から声援を送ることも怠りません。どきどきはらはら、心を一杯遣った後は、「えらかったね、ありがとう」って、ちゃんと抱いてあげることも忘れません。
筒井さんの文に絵を描いた林明子さんの出発は、イラストレーターの修業からだと聞きます。若い時から『ころりんケーキほーい』(ポプラ社刊、ロバート・マックロスキー絵)のおじいさんの姿を眺めたり、いろんな絵に描きこまれている物や、人物の後れ毛や、指先などと好きな個所を見つけては憧れを抱くというような画家であったようです。物語絵本の初めての仕事は、『はじめてのおつかい』でした。
マーシャ・ブラウン氏は絵本について、「絵本全体の心や雰囲気作者の考え方や、子どもの受け止め方に忠実でなければならない」と言っています。また、「色彩は、テーマにふさわしい調和のとれた色彩であること、絵もドラマチックに興味深くくみたてられてい
るか、人物の性格付けは豊かか、貧弱か、単なる類型か、現実にここの人間に見られるような特徴を備えているか」等を、問題にしなくてはいけないと言っています。(ブック・グローブ社刊『絵本を語る』)
林さんの描く絵は、その要素を踏まえているように思います。よりドラマチックに一画面一画面が展開していきますし、子どもの特徴や仕草を的確に捕らえ、心の中までも読者に見せてくれます。文以上に絵が語ります。状況を描く巧さはまさに抜群です。
『絵本を楽しく読見(よみ)ましょう』(リブロボート社刊)の中で、川端誠氏は、林さんの絵の巧さや、魅力は、「名小道具であり、セット係であり、衣裳係であり、カメラマンであり監督であるところだ」と言っています。『はじめてのおつかい』などの初期の
作品はまさにその言葉通りだと思います。
☆ 『はじめてのおつかい』筒井頼子作 林 明子 絵
 雑誌「母の友」などにカットを描きながら、絵本について学んでいた林さんが、物語絵本として初めて絵を描いた『はじめてのおつかい』は、5才になったみいちゃんがお母さんに頼まれて、初めてお使いに行って帰ってくるまでのお話です。
 のっけから描かれた絵のすべてを見れば、お母さんがお使いに行けない大変な状況にあることがすぐわかります。「みいちゃん、もういつつだもん」と、けなげにも自分を納得させながら出かけていきます。お店はすぐそこだけれども、幼い子どもには見知らぬ町を
歩くような怖さがあります。みいちゃんの目線から町内も、大通りも描かれています。画家の意図した通り、この構図からよけいに主人公の緊張が伝わってきます。
 坂の上のお店にたどり着いてからも、大変なことが待ち受けていました。「ぎゅうにゅうください」と言っても、声は車の音に掻き消されるし、次々お客さんは来るし、大人だって途方にくれるでしょうに、子どもはなおさら大変だということがよくわかります。みいちゃんの存在をなかなか気付いてくれないお店のおばさん、おしゃべりの長いおばさん。すべての人が個性的に描かれています。同情を通り越してもう何とかしてあげてと言いたくなります。
 物語の背景は70年代ですから、小道具は多少古く感じられますが、子どもにはそんなことは問題になりません。林さんは物語を立体的に構成し、動きや音を感じさせ、人物の個性までも浮き彫りにして物語に深みをつけています。また、持ち前のユニークなセンス
で、町の雰囲気をも伝えています。裏表紙には、ちゃんと転んだ時の膝の手当てもしてもらって、買ってきた牛乳を赤ちゃんも飲み、みいちゃんも飲んでいる場面を描くことも忘れません。
 『はじめてのおつかい』は、未知の体験をすると言う意味で、時代を超えて子どもの本のテーマなのでしょう。力以上のことを要求されても、やり遂げる不思議な力を持っているのも子どもなのです。そのことを十分に承知していて、林さんと、筒井さんは主人公を優しく見守り続けながら、絵本を作りあげたのではないでしょうか。
 赤木かんこさんは、『はじめてのおつかい』については、最初の場面から幼い子どものいる家庭なのに、描かれている小道具は事故の元で配慮がなさすぎるのではと苦言を呈しています、また、一人で危険のつきまとう場所におつかいにやること事体も問題視しています。けれど、『はじめてのキャンプ』を評して、『この人確かに骨の髄まで絵描きさんだと思うな、日常に絵が語るのよね時に本人が意識しないところまでも……』(自由国民社刊『絵本・子どもの本総解説』と言って、脱帽し、優れものの絵本に挙げていることを付け加えておきます。(植田 祥)
取り上げた絵本
『はじめてのおつかい』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1976)
『あさえとちいさいいもうと』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1979)
『おでかけのまえに』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1981)
『いもうとのにゅういん』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1983)
『おててがでたよ』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1986)
『おいていかないで』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1988)
『はじめてのキャンプ』(筒井頼子 林 明子 福音館書店 1995)