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ヴィクトリア時代を代表する女流絵本作家ケィト・グリーナウェィ。当時としても少々古風なファッションに身を包んだ子どもたちを描いて、一世を風摩しました。その仕事は、絵本だけでなく、グリーティング・カードやバースディ・ブック、アルマナック(カレンダー付き日記)と多岐に渡ります。グリーナウェイの出版物には、おびただしい数の偽物が出回っていたことも有名な話。現在のキャラク夕ー・グッズを思わせるこうした現象は、父親の友達であった彫刻家で出版事業家のエドモンド・エヴァンズの商売のセンスに負うところ。こうしてみると彼女 のファン層が子どもだけでなく、大人の女性の占めるところも大きかったであろうことは、想像に難くありません。キャラク夕ー人気故に、絵本作家としてのグリーナウェイは、少々影が薄くなりがちなのですが、『ハメルンの笛ふき』
(1888年)は誰もが認める彼女の最高傑作です。 ねずみが大繁殖して困ったハメルンの町に、不思議な笛吹きの男が現れ、笛の音でねずみの災禍から町を救います。しかし、ハメルンの町の人々が約束した報酬を惜しんだため、男は町中の子どもたちを笛の音で誘い、何処ともなく連れ去ります。中世ドイツで生ま れた伝説は、グリム兄弟の 「ドイツ伝説集』にも収められ、今日でもよく知られたお話。それをイギリスの詩人ロバート・ブラウニングが物語詩にし、グリーナウェイが絵本化しました。不思議な笛の音色で、動物も子どもたちの心さえも自由に操れる魔力を持った笛吹き男。その不気味さ、憂鬱を、グリーナウェイの筆は、見事に描き出しています。また、笛の音に心を奪われ、取り付かれたかのように笛吹き男の後についていく子どもたち。中には若い母親に抱かれた赤ん坊までいたりする。不思議な熱気に満ちた子どもたちの奇妙な長い行列は、絵本の圧巻です。古風に愛らしい服装をした子どもたち。他意のない様子で、無心に遊び夢中になってお菓子を食べる、それでいてちよっと大人びた表情を見せる子どもたちの日常。その古き良き思い出としての懐か しい子ども時代に、グリーナウェイは自分の理想境を見出しました。 時は、ヴィクトリア朝。産業革命を経、経済成長ただ中の時代にあって、すさまじい勢いで変貌を遂げていく社会に対し抱いた芸術家らしい不安が、彼女の世界には息づいています。そして、その思いは熱狂的にグリーナウェイを迎えた当時の人々の心の中にも。印刷技術の進歩と、子どもへの関心の高まり、経済発展とそれに伴う社会不安、様々なものを背景に、グリーナウェイはヴィクトリア時代を象徴する画家となりました。 (竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより1998/07,08
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