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第13回「花に託した人々の夢エルンス卜・クライドルフ」 十九世紀末から二十世紀にかけて、ドイツでは、スイス生まれの画家で詩人のエルンスト・クライドルフ(一八六三〜一九五六年)が活躍しました。彼の代表作と言えば、やはり『花のメルへン』があげられます。 クライドルフは、ドイツのコンスタンツのリトグラフ(石版)工房で修業をした後、商業デザインの仕事で生活を支えながら、ミュンへンの美術工業学校、美術大学で学びました。いわゆる苦学生だったわけで、時には、警察の指名手配者の似顔絵を描いて生活費の足しにしていたというのは、愉快なエピソードです。しかし、その暮らしは決して楽なものではなかったのでしょう。結局、身体を壊し、療養のためにバイエルンの山中に転地します。 山での生活は、豊かな自然に囲まれ、心身ともに癒され、健康を取り戻すには最適だったばかりでなく、野の草花や昆虫と親しみ、丹念に観察する貴重な時間をたっぷりと画家に与えてくれました。この時期の経験が、後に彼の芸術の根幹をなし、独自の世界を切り拓くのに影響したことは言うまでもありません。 さまざまな花のイメージを人物に喩え、擬人化して描いた『花のメルへン』。この絵本は一八九八年、画家が三十五歳のときの処女出版です。水彩画による原画はすでに、八九六年に描かれていましたが、出版社とスポンサー探しに時間を要し、原画を石版に描くのに一年、刷りと製本にさらに一年を掛けて、ようやくこの本は完成します。原画の製作から、石版、印刷、装丁、製本のすべてをクライドルフは自らの手で、もしくは監督のもとに進めます。文字通りこだわりの冊。こういう本作りができたのも、彼の中に石版やデザインの知識と技術があったからこそ。くしくも、イギリスでウィリアム・モリスが提唱した書物芸術運動のひとつの具現を、遠くドイツで、クライドルフは果たします。 小さな野の草花の下で、人知れず繰り広げられる花や昆虫たちの暮らし。それは急激な近代化と都市化の波に呑まれそうな圧迫感を感じていた今世紀初頭の人々の心を、強く捉えました。花々たちの舞踏会や結婚式、輪になって楽しげに踊る娘たちも花なら、槍を手に戦う屈強の男たちも花。それ以前にも、花を擬人化した画風は、ヨーロッパで多く見られましたが、デザイン化された明るく健康的な表現ス夕イルは、クライドルフならでは。繊細でユーモラスな詩の添えられた美しい多色石版刷りの画面の合間に、濃緑色一色の線画が効果的に挿入され、ぺージをめくるごとに美しいハーモニーを醸し出す、魅力の絵本です。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本、昔も、今も・・・、」1999/07/08
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