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紀元前三世紀、ローマの同盟都市サグントゥムは、ハンニバル率いるカルタゴ軍に滅ぼされた。家族も故郷の街も失った主人公の少年「わたし」は、焼け跡で象のスールーと出会う。カルタゴ軍には、戦争用に訓練された象が加わっていたのだ。スールーとの間に不思議な絆を感じた「わたし」は、象使いの見習いとして、ハンニバルの行軍に従うことになる。 ハンニバルは、ローマを倒す、と堅く心に決め、数万の軍と四十頭の象を率いて、雪のアルプスを越えようとする。それは苦難の道だった。山岳民族が落とす岩や、道のない崖等によって、多くの兵と象が谷底に落ちる。だが「わたし」は行軍の中で、ハンニバルが兵と共に地面を歩き、辛い道では先頭に立ち、子を生んだ象は戦列から離してやる人物であることを知った。ハンニバルは「わたし」に自分の見た夢を語って聞かせ、「わたし」が倒れると、励まして立ち上がらせてくれた。皆がそんなハンニバルを慕い、彼のために戦おうとする…。 『ハンニバルの象つかい』は、古代の戦・第二次ポエニ戦争を少年の目から見た、迫力ある歴史小説。地名や人名がちょっとなじみがないと感じるかもしれませんが、いったん物語の中に入り込んでしまうと、やめられなくなる面白さです。特に、名将と語り継がれるハンニバルの人間像と、戦を経た少年の決断とは、心に残ります。正規の象使いとなってハンニバルとスールーとともに戦に臨んだ「わたし」は、彼の思いがけない顔を見たのです。好戦的で争いを引き寄せ、策略と裏切りを弄する…それもまた、皆に愛された同じ武将のもう一つの顔だったのです。 ハンニバルの無茶な戦い方の犠牲となって大切なスールーが死んだ後、「わたし」はカルタゴ軍を離れる決心をし、同じくよそ者でハンニバルの書記だったシレノスに語りかけます。「戦争のないところに行きます…あなたはどうするの」シノレスは答えます。「私はハンニバルが何者なのかを見極め、後の人に知らせる…そうすれば、再び同じ様な人物が現れたとき、人々はついていかずにすむかもしれない」と。これは、作者自身の声なのかもしれません。声高に戦争を批判するようなことはほとんど書かれていませんが、カルタゴ軍を離れた後の「わたし」の辛い人生をさっと描いた部分に、将たちの戦争に翻弄される普通の人間の側に立った、作者の悲しみと静かな怒りが感じられます。ローマの捕虜としてほぼ一生を囚われた「わたし」が、老いて思い出す大切な相手は、象のスールーだけだったのです…。(上村令) |
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