八月の太陽を

乙骨淑子

理論社

           
         
         
         
         
         
         
     
 『八月の太陽を』といっても、広島と長崎に原子爆弾が投下されたことや、日本が戦争に負けたことなどをのべた本ではありません。今から百九十年ほどまえ、自分たちの生活の解放と、島の独立を求めて立ち上がったハイチ島の黒人のたたかいを語った歴史物語です。
世界地図を開けてください。アメリカ大陸を北と南に分けているカリブ海に、北海道よりも小さな島、ハイチ島はあリます。この島は、コロンブスが「見つけた」ころ( 一四九二年)は、「カリ プ‐インディアンと呼ばれた原住民が生活していました。ところが、スぺイン人が支配するようになって約五十年ほどのあいだに、この原住民は死に絶えてしまったのです。スぺイン人が奴隷として残酷にあつかったからでした。
この物語に出てくる黒人は、原住民のかわリとして働かされるために、アフリカからむリやりつれてこられた人達です。物語が始まる一七九○年ごろには、ハイチ島はフランスの植民地になっていましたが、当時の島の住民は、白人四万、混血人三万、一説に六万)、黒人奴隷は四十六万で、島の人ロの約六分の五を黒人がしめるまでになっていました。しかし、ほんの少数の白人のためにこきつかわれる黒人の生活はみじめなものでした。
この物語を読むにあたって、こんなことも知っておいてほしいと思います。

トウセン。ハイチ島を自分たちのものに、自分たちの力でつくりかえようとする黒人指導者。「白人に対する憎しみだけでは、わしらは勝てない。わしらがたたかうのは、黒人のくらしをよくするためだ」わたしたちは生まれた時からハイチ島にいる。川の流れにも、そそり立つ山にも、わたしのハイチがある.そして八月の太陽、白人の体をむしばみ、頭を混乱させ、たたかう気力を失わせてしまう八月の太陽こそ、その下で育ち、その暑さに耐えうる、太陽の子どもであるわたしたちには味方なのだ」すぐれた戦略家トウセン。
このトウセンを主人公に、次の時代をになう二人の息子、若い黒人指導者たち、黒人と混血人を離反させ、互に敵としてたたかわせようとする白人の総督、フランス軍をぬけ出して黒人独立戦争に加わるフランス兵士、白人と黒人のあいだでゆれ動く混血人指導者。といった登場人物が、火炎木の咲き乱れる熱帯の小島を背景に、フランス革命当時の世界史の流れのなかで、命をかけ、だからこそ人間的な弱さもさらけ出して活躍します。
百九十年ほど前、人間としての権利を認められなかった黒人たちが自らの解放をもとめてたたかったようすを読んで、たぶん、あなたは、今の自分について深く考えることがあるでしょう。 (新開惟展)
解放新聞1980/03/03