八月がくるたびに

おおえひで作
理論社 1971年初版

           
         
         
         
         
         
         
    
 八月の長崎の空は、濃い青い色。教会の上に白い雲が浮かんでいます。きぬえが見上げると、白い雲の客船にはたくさんの子どもたちが乗っているようなのです。それは、原爆の小さな証人たち……。
一九四五年八月九日の朝、五歳だったきぬえは母のそばで、夾竹桃の花びらをおかずにして、人形のマルちゃんとままごとをしていました。天地が崩れるような轟きとともに、五万度の爆風に吹きとばされたきぬえは、川に落ちて助かりますが、母は家の下敷きにな
って焼け死にます。
絵のようにきれいだった浦上の町はまるで消しゴムで消されたよう。六年のきよしの小学校では千二百人の生徒が亡くなり、クラスはたった四人になっていました。まもなく、きよしも原爆症で世を去ります。「青空はなにかをかくしてるんだ」と記されたノートを
残して。
原爆のもたらした未曾有の惨禍を、ふたたび人類が繰り返さないため、次世代の子どもたちに訴えようと、児童文学ではさまざまな作品化が試みられてきました。この本はその中でも、詩のように昇華された言葉と、子どもへの暖かいまなざしを感じさせる描写で、長く読み継がれています。登場する人びとの優しさもとても印象的です。ラストで、成長したきぬえが平和祈念式の最中に見る、幻の子どもたちの白いヴェールの列は、読後、いつまでも消えません。
ケロイドのある少女から励ましを受けたことが執筆の動機になったという長崎出身の作者は、『絶唱』で知られる作家の大江賢次の夫人で、すぐれた児童文学を多く残して一昨年召天されました。
あらゆる核兵器の廃絶にむけて運動をすすめていくことは何より大切ですが、こうして作者の心を濾過して深い祈りとなった物語も心から心へ手渡されるものとして大切にしていきたいと思います。(きどのりこ
『こころの友』1998.08