星とトランペット

竹下文子作/牧野鈴子絵/講談社青い鳥文庫刊

           
         
         
         
         
         
         
    
 それは、いつもと変わらない編集部での仕事中に起こりました。隣の席で、編集長が七月に刊行する児童文学の表紙イラストを依頼する電話をかけています。「あ、牧野鈴子さんでいらっしゃいますか、わたくし徳間書店の…」牧野、牧野鈴子さん? そのお名前を耳にしたとたん、記憶のタイムカプセルがぽっかり開きました。八歳の頃に夢中で読んだ『星とトランペット』の挿絵を描いた方だったのです。
『星とトランペット』は児童文学作家・竹下文子さんが十代の頃に書いた作品の短編集で昭和53年に出版され、野間児童文芸推奨作品賞などを受賞した本です。おもしろい本、わくわくして眠るのも惜しい本、今までいろいろな本に出会いましたが、私にとってこの一冊は、特に思い入れが深い本です。タイトルと響きあった美しいことば、素敵な装丁と挿絵。図書貸出カードの最初に名前を書いたこともあり、自分だけのものにしたいと、図書室に返却してはその日にまた借りるというのをくりかえし、司書の先生に注意されたのを覚えています。
「それは、ばらの花が白くさいている、夏のはじめの夕ぐれでした…お月さんはいかが…」(「月売りの話」『星とトランペット』所収)みずみずしいことばで綴られたお話も大好きでしたが、挿絵も、真似して何度も描くほど好きでした。「あれ、お話を書いた人と絵を描いた人がちがうの?」と子ども心に思ったほど、文章と絵の雰囲気がぴったり合っていたのです。この本に出てくるのは、月売りのおじいさん、星を降らすことのできるトランペット吹き、ポケットに小さなキリンを飼っている若者など、とても風変わりな人々。小学生で難しいことはわからなくても、彼らの優しくて、ともすると壊れそうな魂みたいなものを、絵から感じ取っていたのかもしれません。
 それまでは、物語を読むときに、あまり挿絵を気にしたことがない子どもでしたが、「このお話にはこの絵じゃなくっちゃ」と強く思ったのはこの本が最初。牧野さんの絵は現在の画風とは違いますが、やはりこの本にはこのタッチでないと、と大人になった今でも思います(子どもの本の仕事に携わるようになってからは特に、物語と挿絵は切り離せないパートナーだと、挿絵の重要性をことさら感じる毎日です)。
 この本を忘れられずどうしても手元に置きたくなり、ずいぶん経ってから本屋さんに行きましたが、その時にはもうハードカバーの本はなく、文庫本を買ったものの、装丁が違い、何だかがっかり。そのまま本棚の奥にしまったのでした。
 初めて読んだ日から二十年余り。先日、憧れの牧野さんに、ついにお目にかかれました。飼い犬のチェス君をこよなく愛する牧野さん。今回の『水晶玉と伝説の剣』では、透きとおった緑色の眼とばら色の頬の王女トリーナを、きらめくようなタッチで描いてくださいました。原画を間近に見て感激。もちろん、あの文庫本にサインしていただきました!(飯島

芝大門読書案内「タイムカプセル」
徳間書店「子どもの本だより」2002.7-8号 より
テキストファイル化富田真珠子