ヒース咲く丘のホスピスから

レナーテ・ヴエルシュ

松沢あさか訳 さ・え・ら書房 1996

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 終末医療のあり方やホスピスの重要性が叫ばれている今日だが、正直言って、児童文学でホスピスを舞台にした作品に出会うとは思っていなかった。死を間近にした重症患者ばかりのホスピスに行けば、大人でさえ平静ではいられない。まして、衝撃を受けやすい子どもの動揺は、想像にあまりあるからだ。しかし、オーストリアの児童文学作家ヴェルシュはあえてこれに挑戦した。
 ニッケルは十五歳(?)のオーストリアの少女。夏休みに、イギリスのホスピスに癌で入院中の祖母を見舞いに行く。恐れていた病院の印象は以外に明るかった。薬で痛みをとめていることもあって、患者たちが、死を前にしているとは思えないほど、積極的に生きていたのだ。
 ニッケルの滞在は四十日にも及ぶ。その間ニッケルは祖母に付き添っているだけでなく、人手不足から他の患者の世話も手伝うようになる。ニッケルの目の前で、三人の患者が死ぬ。いくら患者が穏やかに死んでも、ニッケルには死はこわく受入れ難い。特に、たった十三歳で骨の癌におかされ、それが原因で家庭が崩壊し、孤独のうちに死んだキャサリンの死はたまらないものだった。
 やっと分かりあえるようになった祖母が重体になる。かけつけた父親の言葉がニッケルに死を納得させる。その人から受け継いだものをだれかが持ち続けている間は、その人は死んではいない、というのだ。ニッケルの中に父をへて祖母からつながるものがある。それ故、祖母はニッケルの中に生き続けることができる。ニッケルが付き添っていた毎日が、祖母に命をプレゼントし、ニッケル自身も祖母やホスピスから貴重な体験をプレゼントされたのである。
 ホスピスで受けるニッケルの衝撃を和らげるため、この作品ではニッケルが同級生の少年に手紙を書き送るという形式をとっている。しかし、ニッケルの気持ちが記された手紙はそのまま、読者にニッケルの衝撃の大きさを伝えている。(森恵子)
図書新聞1996年7月27日