秘密の花園

バーネット:作 茅野美ど里:訳 偕成社

           
         
         
         
         
         
         
    
 『小公子』のセドリック、『小公女』のセーラは、親に愛された記憶を持つ子どもとして登場してきます。子どもとして産まれてきた、それだけで自分の全てを肯定された経験がある子どもです。彼らは自分を受け入れてくれた大人とその社会を、基本的に受け入れています。ですから物語を展開するために、そうした子どもが疑問を持つような大人が登場してくるわけですね。自分の息子が本当の跡取りだと主張する女(『小公子』)とか、金の切れ目が縁の切れ目と、ちやほやしていたセーラを小間使いにするミンチン先生(『小公女』)。
 ところが『秘密の花園』の子どもたちは違います。まずメアリの両親は、子どもに関心のない人たち。ほとんどかまわれることなく、インド人の召使いたちにかしずかれて、メアリはわがまま一杯に育ちます。親に愛されなかったどころではありません。彼女は忘れ去られた子どもです。コレラが蔓延し両親が亡くなったとき、召使いたちは逃げ出ます。メアリは、いったい何が起こったのかも知らないまま、屋敷の中で文字通り忘れ去られます。だからメアリは「かわいげのない子ども」です。本当は、「かわいがられなかった子ども」なんですがね。セーラと同じく孤児となったメアリですが、彼女は最初から大人とその社会を受け入れてはいません。この物語は、メアリをインドからイギリスの叔父の元へと移動させ(場所が変われば気持ちも変わる?)、そこでも彼女のかわいげのなさを繰り返し描きます。性格だけでなく、器量も悪いなんて書かれるしまつ。やれやれ。
 マーサは叔父の召使いですから、メアリのわがままは通じません。自分のことは自分でする。との社会化の基礎をメアリはマーサから学んで行きます。ここで注意したいのは、メアリを「子ども」らしくするのは叔父ではなく、召使いに甘んじているマーサやその弟ディコンや母親であること。彼らの方がメアリを子どもらしくさせる腕をもっているとされるのは、子どもらしい子どもは大人よりも自然に近い存在だと考えられているからです。忘れ去られていたメアリはそこまでも到達していなかったので、彼女を矯正するために、叔父に比べると、より自然に近い(と作者によって見なされる)彼らが活躍するのです。それだけで足りないとばかりに物語は、頑ななメアリの心をほぐすのに、コマドリまで用意します。それは庭師と仲の良い鳥(庭師はこの鳥とコミュニケートが出来るらしいから、自然に近い存在ですね)なのに、何故かメアリともすぐに仲良くなる。そうして、コマドリに導かれて、メアリはアイデンティティのより所としての「秘密の花園」を発見します。
 が、ここから物語は、とんでもない展開をし始めるのです。(続く)(hico)
徳間書店「子どもの本だより」2002.07/08

 インドで「忘れられた子ども」だったメアリは、イギリスのクレーヴン叔父の屋敷で育てられることに。忘れ去られていた子どもの再生の物語が始まるのでしょうか?
 まず注意しておきたいのは、本来メアリへの監督責任があるはずの叔父(男)が不在であることです。これはなにもこの物語だけの特徴ではありません。『若草物語』での父の不在、『赤毛のアン』でマシューが「男らしさ」を奪われていること、同じくバーネット作品『少公女』での父の不在。
 要するにこうした設定は、「とりあえず」女の子を活き活き描くための装置なのです。裏を返せば、「男」の不在なしには、活き活きした「女の子」は描けない(もちろん今はそんなことはないのでしょうが・・・・たぶん)。もし、活き活きした女の子を描きたいのであれば、例えば『若草物語』のように、徹底的に男を去勢しておく方法もあったかもしれません(詳しくはhttp://www.reviewers.jp/ronnbunn/lhz/wakakusa.LZHの拙論をご参照ください)。が、『秘密の花園』はその選択をしませんでした。
 叔父の不在期間に、メアリは彼によって封印されていた花園を発見します。そこは叔父が妻を亡くした場所でした。彼が秘密にして『殺した』その花園を、今度はメアリが秘密にしたままで再生させようとします。それが、「忘れ去られた子ども」メアリの再生と重なっていくのかと思えば・・・・。
 時々夜中に泣き声が聞こえ、メアリは一人でその源をつきとめます。叔父クレーヴンの息子で、病弱なためベッドから出ることもできず、早晩死んでしまうだろうと思いんでしまっているコリンです。彼は不安のあまり時々泣きわめくのです。叔父はそんな息子に耐えきれず、不在なわけ。忘れ去られたメアリに続いて、隠された子どもコリンの登場。メアリはコリンを元気にするため、秘密の花園へ誘いだします。召使いたちに知られないようにしながら、メアリと秘密の花園で遊ぶコリン。当然のことながら彼は体重も増え、気力も蘇り、車いすも必要ではなくなります。コリンの変貌をクレーヴンは人づてに知ります。悪い知らせに違いないと、帰ってくると、そこには元気いっぱいの息子がいるではありませんか! 思わず抱きしめるクレーヴン。父親の愛に包まれ幸せなコリン。その場にはメアリもいるのですが、彼女の存在や表情や気持ちはいっさい描かれません。
 ここにあるのは、妻の死によって家庭から逃避していた男が、舞い戻って父親の役目を果せるようになるのを言祝ぐことだけ。最初主人公であったはずのメアリは、いつのまにか父と息子の絆を再生するための道具となってしまいます。
 メアリはまたしても、忘れ去られたのです。(hico)
徳間書店「子どもの本だより」2002.09/10