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パリの南、ロワール川流域には、たくさんのお城があり、そこにシュノンソーのお城もたっている。このお城は、珍しいことに、代々の城主がすべて女性であり、別名「六人の奥方の城」と呼ばれている。その由来のとおり、城は繊細で優雅なたたずまいを見せ、川面に映るその姿は多くの観光客の目を楽しませる。 さて、このお話は、その城に住むねこが主人公となっている。小さく薄っぺらな捨てねこだったため、拾い主の番小屋の老人に「クレ(かぎ)」と名付けられ、まるで城の主でもあるかのように、そこで暮らしている。夏には水浴びをし、冬には日なたぼっこをし、夜は幽霊に会う、そういうゆったりとした暮らしである。 ところが、ある日、観光客の一群にまじった修道女にクレは名を呼ばれる。彼女が日本から連れてきたねこに間違えられてしまったのだ。見た目もそっくり、名前も同じ。こうしてクレは、日本へと旅をすることになるのだが……。 といったストーリーが、おだやかな調子で語られていくこのお話は、読み進むうちに読者の心をときほぐしてくれる。装丁も素晴らしく、遠近法のきいた荒井良二の風景画をうまくレイアウトした表紙デザイン、青インクを使った本文、見返しの暗示、と隅々にまで配慮が行き届く。 優しい旅のような一冊である。(甲木善久)
産経新聞 1996/10/25
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