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あなたは手斧で火がおこせるだろうか? 本書はカナダの大森林に不時着した十三歳の少年が、たった一人で五十四日間生き抜く、サバイバル物語。両親が離婚したばかりのブライアンは、約束通り父親のもとで夏休みを過ごすために、小型飛行機でカナダに向かう。両親の離婚に関し、ブライアンがつかんでいる母親の秘密があった。飛行中、パイロットが心臓発作で死ぬ。わずかの知識を総動員し、ブライアンは必死で飛行機を操縦して、なんとか湖に不時着する。 ブライアンの生きるための闘いが始まる。ジーパンにTシャツ、上等のテニス・シューズにぼろぼろのウィンドブレーカーといういでたちのブライアンの持ち物は、母親にもらった手斧だけ、それに自分自身だ。ブライアンはまず喉の渇きを湖の水でいやす。次は隠れ家。うまい具合に、近くの岩尾根の下にへこみがあった。その次は、食べ物だ。森にはベリーがあるはずだとさがしにいき、ベリーをみつける。生きるための最低条件がそろって、一日目は終わる。 人間が生きるためには火が必要だ。二本の棒をこすりあわせても無駄だったが、偶然がそれを可能にした。真夜中、ヤマアラシに襲われた時、投げた手斧が岩にあたって火花が散ったのだ。これをヒントにブライアンは岩に手斧を打ちあてて、苦心の末、火をおこすのに成功する。 五日目に捜索隊の飛行機に去られた時には死を考えるが、見事に立ち直り、ブライアンは失敗を繰り返しながら、槍、弓矢を作り、魚、鳥、ウサギも捕らえられるようになる。竜巻の翌日、飛行機の尾翼が湖からつき出ているのをみつけて、飛行機からサバイバル用品のバッグをとりだしてくる。中にあった非常用発信機のおかげで、ブライアンは救助される。家に帰ったブライアンは、母親の秘密を誰にも話すことはなかった。 同じようなサバイバル物語には、ニコラーイ・ヴヌーコフの『孤島の冒険』がある。実話をもとにした、千島列島の無人島で四十七日間生き抜いた、ロシアの十四歳の少年サーシャの物語だ。非常によく似ているのだが、本書の方が冒険物語として身近に生き生きと感じられる。 まず、出だしのインパクトの違いだ。サーシャの方は父親が乗った調査船から大波にさらわれ、無人島に泳ぎ着くという割合平凡な設定だが、ブライアンの方は、両親の離婚という現代の問題をかかえていることに加えて、飛行機による不時着という少年には不可能と思える出来事が重なっている。不時着を何度も体験している作者ポールセンでなければ、書けなかっただろう。 次に、サーシャは食べ物にしても火をおこす方法にしても驚くほど知識が豊かな少年だが、ブライアンはごく普通の少年だ。偶然がなければ火もおこせなかっただろう。普通の少年が成長していく方に、読者は共感できる。本書の原題にもなっている「手斧」だが、ブライアンが持っていたのは手斧でサーシャはナイフだ。斧はサーシャに、「…ナイフじゃなくて斧だったら、ぼくはちゃんとした家を建てていただろう…」と考えさせるほどのものだし、この手斧でブライアンは火をおこした。普通の少年ブライアンに持たせたのが、ナイフではなく手斧だったことは、本書の命なのだ。 また、サーシャの方はサーシャの内面に重きがおかれているのに対し、ブライアンの方は様々なエピソードがテンポよくつながっていて飽きさせない。鼻や口の中まで入ってくる蚊の大群の描写や、生き抜く大変さを際立たせる、文明の宝のサバイバル用品は忘れ難い。 作者のゲイリー・ポールセンはニューベリー賞のオナー・ブックを三度も受賞しているアメリカの作家で、翻訳された『さまざまな出発』など戦争や少数民族をよく取り上げている。本書は自分の体験をこめて書いた「特別な本」で、ブライアンの身におこることは、なんらかの形でポールセン自身が体験しており、実際この本のために、カメの卵を生で食べ、手斧を使って火をおこしてみたという。 テレビゲームに夢中になっている都会っ子に薦めたい。(森恵子)
図書新聞1994年9月17日
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