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ポーランドに生まれ、第二次世界大戦中にナチスの侵攻を逃れてアメリカに移住した作家ヴォイチェホフスカの作品をご紹介します。 舞台はスペインのアンダルシア地方の、アルマスという小さな村。主人公の少女は十五歳になりますが、まだ名前がありません。生まれつき耳が聞こえず口がきけない少女は、母親を失い、父親に捨て去られ、誰にも名づけてもらえないまま育ったのです。 近所の人の赤ん坊をあずかり、心をこめて世話しますが、赤ん坊は病死してしまい、少女は村人たちに悪魔の手先と罵られます。いたたまれなくなった彼女は、村の古い教会に逃げこみ、親切な司祭の助けで、聖堂の床や祭壇の掃除をして働きます。ある日、祭壇のはめ板が一枚はずれ、中から大理石でできた幼いキリスト像が出てきます。それは、ルネサンスの頃の彫刻家アンジェリニの傑作<聖なる御子>の一部でした。それとは知らず、少女はこの幼子の像を、生きた赤ん坊のように大切に世話し、胸に抱いて慈しむのでした。 一方、アンジェリニの傑作を生涯かけて追いもとめているアメリカ人の美術研究家ラリーは、ついにこの寒村の教会にそれがあることをつきとめます。 ここでめでたしめでたしとはならずに、作者はこの状況をめぐって興味深いドラマを展開します。村人たちは像を木の箱に入れてしまい、そのガラスのふたを破って抱き去った少女に対して、憎しみの群と化します。それを止められなかった司祭は、自分が村人たちを愛してこなかったことをさとり、ラリーもまた、人と感動を分かちあってこなかった自らの身勝手さに気づきます。少女だけが、一途な愛を幼子イエスに注いでいるのでした。 同じ作者の自伝的作品『夜が明けるまで』(岩波少年文庫)もぜひおすすめしたい本です。(きどのりこ) 『こころの友』2001.06 |
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