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七月の終わり、ワンダ・ガアグの生家を訪ねました。アメリカ、ミネソ夕州ニューウルムという田舎町。ここは一八七○年代にドイツなど東欧からの移民が開いた町で、ガアグの父親はボへミアの出身でした。ガアグの生家は実際小さな家で、生活は豊かではなかったようですが、両親とも芸術を愛し、ガアグは両親から絵とボへミアに古くから伝わる物語という、絵本作家にとっては、ありがたい二つの財産をもらったわけです。 ワンダ・ガアグといえば、絵本作家としてはじめて市民権を得た人であり、その第一作、アメリカ初の本格的絵本「100まんびきのねこ」は、日本でも人気の一冊ですが、この人、実は大変なしっかり者。若くして両親を失い、父親の遺言を守って画家になる決心をすると、缶詰のラべルや広告を描いて必死に稼ぎ、六人の妹弟全員、高校を卒業させて、ようやく本格的な創作活動に入りました。 ガアグ女史のすごさは、そんな苦労をものともしない朗らかさと芯の強さです。元来、グリムに代表される伝承童話には暗く陰湿なところがあり、時に残酷でさえありますが、彼女は物語の持つ民族的な暗さをユーモアたっぷりのアメリカ的な明るさで料理します。 『1O0まんびきのねこ』では、ねこたちが一匹を除いて全員食べあうなんて、考えてみれば空恐ろしい話です。明るいだけなら物足りないところに、こんなブラック・ユーモアをかくし味に利かせ、見事な絵本に仕上げます。このほんの少しの「暗さ」とか「不条理」を子どもは結構好きですが、ガアグはそれをちゃんと心得ていて、絵にも独自の「ねじれ」や「ウネウネ」で表現しています。生理的に何とも違和感を感じさせるこの曲線、延々と続く道やその上を流れる雲。版画家でもあるガアグが木版画を思わせる細かな線を丹念に描いて、あのダイナミックな線を生み出すのです。 ところで、この絵、一、二回描いて終わりなんて代物ではありません。生家から車で二時間の所にあるミネソダ大学のコレクションでガアグの絵本原画を見ました。あるわあるわ、よくここまで繰り返ししつこく描けるものと、もう半ばあきれかえるほど。一枚の作品を仕上げるために描かれた酷似した絵、絵、絵……。箱いっぱいの習作。バ夕ーぺーパーという半透明な紙を元の絵に重ねて手直しをし、さらに重ねて、膨大な手間暇かけて一冊の絵本を作り上げるのです。おかげで、頭の中も「ウネウネ」。いったいこの曲線は? ニューウルムに向かう道々、そのウネウネを見ました。起伏に富んだ地形、強い風を受けてたわむ森の木々、ガアグ独特の曲線は豊かな自然の営みが作り出した線そのものだったのかもしれません。 (竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1995/9,10
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