パパとのぼった

C.S.アドラー 作 
岡本 浜江 訳 津尾 美智子 絵 文研出版
1995.9

           
         
         
         
         
         
         
     
 十一歳の少女ジェシカのパパは、雨の夜アイスクリームを買いに出かけたまま、帰ってこなかった。病院から戻ったママは、六歳の弟ティコとジェシカを抱き寄せてて、パパが交通事故で死んだこと、生前の希望どおり、火葬にしたことを告げる。「ママのうそつき」「パパを焼くなんて」ジェシカはママを責め、反発する。「パパと同じくらい愛しているのに」ママの悲痛な声も、ジェシカには届かない。
 医者でなく看護士を選んだ心優しいパパはジェシカが必要とする時、いつもそばにいてくれる空気や太陽のような存在だったから、とても信じることはできなかった。
 葬式の日、新聞のパパの死亡記事に、吐き気を催し怒りがこみあげる。「パパは今にも帰ってくるのに」。葬儀に訪れる人々の慰めやいたわりの言葉からも、逃れたかった。
 お葬式はだれか知らない人の儀式で、やっぱりパパは生きているのだとジェシカは自分に言い聞かせた。つぎの朝早く、パパの生家と〈木のぼりの木〉を目ざして、ティコとの約束どおりパパを探しに森の中へはいっていった。ママには、ハイキングにいく、と置き手紙して。
 ジェシカは、一家が母と息子、父と娘の二組に別れていて、ママはジェシカには冷たいと感じていた。だから彼女の存在を揺るがす〈父の死〉を、切ないほど頑なに、信じまいとして心を閉ざしたかったのだった。
 踏み迷った森の中で、庇護の対象だったティコの鋭い観察力と頼もしい行動力で、危機を助けられる。またジェシカは、森で出会った人々の乏しい暮らしぶりを垣間見て、はじめて母の存在が理解できたのだった。
 父探しの旅は〈父の死〉を確認する旅であったり、母の愛を発見する旅でもあった。互いに心の傷を癒しながら、新たな家族再生を予感させる結末である。(三上啓子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19