ピーターラビットの世界

吉田新一

日本エディタースクール出版部 1994


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 ピーターラビットといえば、日本でも、絵本ばかりでなくキャラクターグッズも絶大な人気があるが、本書はその研究書である。研究書といっても、おなじみのピーターラビットの絵をあしらったカバーといい、本文の上部にふんだんに使われた絵や写真といい、ソフトな文体といい、手にとってみたくなること間違いなしの一冊である。
 著者は、ピーターラビットとビアトリクス・ポター研究では日本で第一人者の吉田新一である。吉田は、レズリー・リンダーとジュディ・テイラーのポター研究を下敷きにしながら、ポターの人となりを明らかにし、さらにピーターラビットの魅力を探っていく。
 吉田が明らかにしようとしたポター像は、絵本作家であるばかりでなく、ナチュラリスト、きのこ学の科学者、後年には牧羊業の成功者、イギリス・ナショナル・トラスト運動の大貢献者であるという全体像である。特に、このような活動の基盤は幼い頃の人間形成にあるとして、ポターの家庭環境、ことに祖母からの影響を重視している。ポターの家は産業革命時に祖父が一代で莫大な財産を築いたイギリスのアッパー・ミドル階級だった。当時ヴィクトリア時代のアッパー・ミドル階級の常として両親は子供を乳母に任せてあまり関知せず、ポターの内気な性格も手伝ってポターは驚くほど孤独な生活をしていた。このなかで祖母を訪ね祖母の話を聞くのは幼少時のポターの最大の楽しみだった。祖母の話はキリスト教の新教の一派であるユニテリアン派であった祖母の実家の誇りだった。不服従の精神、虚飾を嫌い、質実剛健を尊ぶ心意気が、祖母の話によって培われたのである。これに生来からの動植物に対する愛情、繊細な美的感覚、絵の才能が加わってポターの全体像につながるのである。
 ポターの人間像をたどっていく過程で面白かったのは、ジュディ・テイラーの『ポター伝』から新事実を紹介した箇所である。マーガレット・レインの『ビアトリクス・ポターの魔法の歳月』では、ポターは一九一三年に四十七歳で結婚すると同時に「突然」創造力を失ったという見方をしているが、創造力を失ったのではなく作品を書けない状況があったのだとしている。結婚後の引っ越し、ポターの父が癌におかされその看病のためソーリ村とロンドンの家の間を何度も往復したこと、父の死後に母をソーリ村に落ち着かせたこと、第一次世界大戦が勃発して農場の経営が困難になったこと、それに出版元のウォーン社が一時破産したことである。これでは作品を書けないのは当然で、再開した一九一八年の『まちねずみジョニーのおはなし』をみても、ポターの「魔法の歳月」は依然として続いているのは明らかだというのである。 さて、ピーターラビットの絵本の魅力はといえば、絵と内容両者のそれである。まず絵であるが、ポターの擬人化された動物の絵は、それぞれ四本足の動物がもしも立って、歩いたら、そういう格好になるだろうというように描かれている。また、背景にはニアソーリ村 をはじめとする湖水地方の現実の特定の場所が使われ、モデルとなった場所は現在でも当時の姿のまま残っているのである。背景に関しては、著者の撮った写真と絵本が並べられ、これを見るだけでも楽しい。
 また絵本の内容は、かわいい絵とは裏腹に現実生活の厳しさが率直に描かれている。『ピーターラビットのおはなし』は、父親を事故でなくしたうさぎの母子家庭で、いたずらっこのピーターが、母親の注意を聞かずに畑の侵入し、畑の主人に追いかけられて九死に一生をえる話である。鋭い自然観察眼をもつポターならではの人生の葛藤が浮かびあがってくるのである。
 最後に興味深いのは、ピーターラビット研究が著者の児童文学研究の経緯とぴったり重なり、不明の部分を論理的に推測していくイギリス流の実証的研究方法や、児童文学を思想史とか芸術史とか成人文学史とかひろく社会文化史の中で考える著者の研究姿勢がうかがえる点である。本書は「ピーターラビットの世界」であると共に「吉田新一の児童文学の世界」でもある。(森恵子)
図書新聞 1995年1月28日