ポプラの秋

湯本 香樹実・作
新潮文庫 1997.7

           
         
         
         
         
         
         
     
 本書は子どもに向けて書かれた児童文学ではないだろう。しかし幻想と現実の認識が未分化な、六、七歳の少女の心的世界が細やかに描出されていて、その視線の鋭さや想いの切実さに何度も胸を突かれては立ち止まった。
 主人公千秋二五歳の回想形式の物語である。行き場がなく死ぬことばかりを考えている彼女のところに、子どもの頃親しんだおばあさんの訃報が入り葬儀に向かう。その途上、おばあさんと過ごした時間を思い出すことによって現在の千秋もまた自分をとり戻し、生への方向に歩み出すという設定になっている。
 小学一年生の夏休み前に突然襲った父の死。虚ろな気持ちの母親と大きなポプラの木のある古い木造アパートに引っ越すが、大家のおばあさんは「難物」でこわい存在。しかし母親が仕事に出た昼間、そんなおばあさんの家で養生するはめに。ずっと意識しなかった父親の死を考え始めた千秋は「暗い穴」の恐怖にとりつかれ、寝込んでしまったからである。
 おどろおどろしい部屋、無愛想のおばあさん、気づまりで心細い「出勤」だったが、次第に会話が増えおばあさんを観察し始めると、外からもいろんなものが目に飛び込んでくる。ある日のこと、おばあさんは「私にはお役目があるんだ」と秘密の話をしてくれる。それはあの世にいる誰かに手紙を届けるということ。千秋はせっせと父親に手紙を書き、おばあさんに預かってもらううちに死への恐怖が薄れ、父親の死を実感できるようになるのだった。
 千秋とおばあさんの魂のふれ合いともいうべき交流はユーモラスで切なくてジーンと胸を打つ。また父親の死を拒絶している母親への複雑な想い、隣人たちとの様々なエピソードが周りの風景と共に鮮やかに心に刻まれる。
 最後、現在の千秋が柩の中のおばあさんに会うと、何百通もの手紙に囲まれていて……という結びに、作者の生への肯定感と、とびっきりのユーモアが感じられ幸せな気分になって読み終えた。(上村 直美
読書会てつぼう:発行 1999/01/28