まぼろしのすむ館

アイリーン・ダンロップ

中川 千尋訳 福武書店

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 舞台は英国スコットランド。グラスゴーの街を見下ろす高台に、石造りの古い館の立ち並ぶ通りがある。1世紀以上も前に建てられたビクトリア様式のそれらの邸宅のほとんどは、外観こそ古めかしいが、内部はいまふうのしゃれた造りに改築されていた。その中でただ一軒、昔ながらの木立に囲まれた屋敷があった。それがこの物語の舞台となっている「丘の館」である。
 この屋敷には主人であるミス・ジェーン・ギルモアという初老の独身女性と、2年ほど前から大叔母ジェーンに預けられているスーザン・ギルモアという少女が住んでいる。主人公であるフィリップ・ノース(12歳)は、8か月前に父を亡くし母はロンドンで看護学の勉強をすることになったため、3か月間大叔母ジェーンのもとで暮らすことになり、しぶしぶこの屋敷にやってくる。というのはフィリップが耳にしていた大叔母の評判は、気位が高く、高慢ちきで、物忘れがはげしく、あてにならず、およそ子どもの面倒など見られないというようなものばかりであったからだ。
 フィリップが館に着いた晩、彼は誰もいないはずの部屋から一条の明かりがこぼれているのに気づく。いとこのスーザンに話すと、彼女もその明かりを見たことがあるという。二人は無気味な謎を解き明かすべく翌日さっそくその部屋を探検する。すると部屋の中はからっぽで誰もいない。しかしその部屋はもう何年も使っていないにもかかわらず、つい先程まで人がいたような不思議な気配があった。しかも何もないその部屋で写した写真には、あるはずのない家具などがぼんやりと薄く写っていた。
 物語は二人の謎解きを中心に展開するが、その中でフィリップはスーザンやジェーンの他人を思いやるやさしい心根にふれ、ジェーンの悲しい過去を知ることにより、自分が聞いていたジェーンの評判は全くいわれのない偏見であると悟り、自分のことだけしか考えられないわがままな少年から、他人のいたみがわかり、他人のことを思いやれる人間にまで成長する。また今まで笑いを忘れ過去の思い出だけに生きていたジェーンも、フィリップやスーザンの影響を受けて次第に過去をのりこえ、現在に目を向ける決意をする。
 作品の魅力はいくつも挙げられる。ゴースト・ストーリーとしての無気味さと謎解きのおもしろさを縦糸に、少年の成長小説としてのたくましさや爽やかさと三人の心の交流と老婦人の変化から来る暖かさと安堵感を横糸にして編まれた作品であること。老婦人の追憶と館の持つ過去とが現在によみがえるというファンタジーの手法が破綻していないこと。綿密な風景描写と人物描写が巧みで、特に陰鬱なグラスゴーの描写などにより色濃く醸し出されたスコットランドの重厚な雰囲気が作品全体によくマッチしていること。作者の人間や人間関係に対する洞察が鋭く、真剣な真理が随所に巧みにしのばされていることなどだ。特に、生前の父とうまくいかなかったフィリップに、これまた非情なまでに厳格な父を持っていたジェーンが語る「たまたま親子に生まれついていたからといって、必ずしも、わかり合えるとは、かぎらないのではなくて?
 おたがいにひとりの人間として認め、それぞれの歩む道を尊重することこそ、ほんとうの愛なのではないかしら。」という言葉は、親との関係に悩む思春期のほとんどの子どもたちに、そしてその年齢の子どもを持つ親たちにとっては、心強い福音となるのではあるまいか。
 ファンタジーの手法、老いへの洞察、少年と老婦人との心の交流などの点では、フィリッパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』を思い出させる作品である。(南部英子)                        
図書新聞 1991.2.23
テキストファイル化 内藤文子