幻の馬物語

『伝説の日々』
『汚れなき儀式』
『暁の星をおびて』

ジュマーク・ハイウォーター

金原瑞人訳 福武書店 1989


           
         
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 昨年日本語に訳されて話題になった作品『アンパオ』をおぼえていらっしゃる方も多いだろう。太陽に会うために冒険の旅をするインディアンの若者の物語で、そこは太陽も月も人間も動物も同じ次元で存在し、しかもそれはインディアンにとっては現実という不思議な世界だった。「幻の馬物語」は『アンパオ』の作者ジュマーク・ハイウォーターの手になる「思い入れの大きい作品」だ。
 「幻の馬物語」は、アマナから孫のシトコまでアメリカ・インディアンの三代記である。一巻目でアマナの少女時代の成長が、二巻目で娘の出産から孫の誕生までが、三巻目で孫の成長が語られる。ただの年代記とはわけが違うこの作品、作者の大きな思い入れがどこに現れているか探ってみよう。
 まず引きこまれるのは、インディアンの伝統の世界だ。『伝説の日々』の出だしの『アンパオ』的な不思議な世界がこれだ。十歳の冬、力強い戦士がアマナの中に入りこみアマナは男に変わった。その冬、白い巨大なフクロウがアマナの父のテントを襲いテントは炎上する。その晩から父は病にたおれ死亡する。天然痘だった。父に続いて母も、そして村人たちも次々に天然痘に侵されていく。村を逃げだしたアマナはフクロウにつかまる。危ういところをキツネに助けられ、アマナは戦士の着物とともにキツネの戦士のヴィジョンを与えられる。ハイウォーターによれば「ヴィジョンとは、めざめているときの夢、霊感を与え、精神的な知識を授けてくれる夢想のことである。」
 アマナがもどると、村は全滅して老婆が二人生き残っていただけだった。旅の途中三人は他の一族のなかにアマナの姉とその夫の「遥かな息子」をみつける。両親をなくしたアマナは一族のきまりどうり義兄の「遥かな息子」と結婚する。アマナは十二歳だった。戦士のヴィジョンをもつアマナは、年老いた「遥かな息子」について白人の交易所に行ったり、夫に代わって狩りをしたり、夫とともにバッファロー狩りにも参加する。しかし、姉、二人の老婆、夫と次々に家族を失い、アマナは一人ぼっちになってしまう。
 『汚れなき儀式』は、「遥かな息子」を失い自分の一族からも追いだされたアマナが、交易所で友だちをみつける。アマリアというフランス人とインディアンの混血の女性だ。アマナは二十八歳になっていた。やがて、アマナは交易所でフランス人に恋をして、娘ジェマイナを産む。しかし、男は娘の顔も見ずに去り、アマナはアマリアの助けをかりてレストランで皿洗いをしながらジェマイナを育てる。誇り高いアマナとは対照的に、ジェマイナはインディアンであることを嫌う。ジェマイナは曲芸師をしていたインディアンの「幻の馬ジェイミー」と結婚し、リノとシトコの二人の男の子をもうける。
 『暁の星をおびて』はシトコの物語だ。シトコはアマナから豊かなインディアンの世界を受けつぐ。そのアニミズム的世界観のため、シトコは現実と夢の区別がつかないと言われて白人の学校にとけこめず、養父ともうまくいかない。兄のリノがシトコをかばってくれるが、リノはシトコにインディアンを捨てろと言う。アマナと同じにヴィジョンまで授かったシトコは、インディアンの世界を得意な絵に描こうと奨学金をもらって美術大学に進む。
 自分の生きる道を見いだしたシトコは生き残るが、物語の結末は悲惨だ。インディアンを捨てて白人社会にとけこんだかにみえたリノは精神に異常をきたし、あげくのはては軍隊の飛行機事故で死亡し、父のジェイミーは母のジェマイナを殺した後、逃亡中、自動車事故で死亡する。なんでこんなに暗い結末をと愕然としたが、インディアンであることを失わずに白人社会で生きることの難しさを象徴しているのだろう。同時に、アマナがシトコに願ったように、インディアンの文化を愛する者の中にインディアンの全てが生き残るという作者の熱い思いも読みとれる。 この物語の背景には、アマナの村を襲った天然痘からもわかるように、白人がはいりこみ保留地に追いやられていったインディアンの怒りと悲しみの歴史が使われている。これもインディアン作家としての思い入れの現れだろう。
 作者の思い入れの大きさは、自伝的要素にも見られる。ハイウォーターは、父親が交通事故で死亡したために白人の家にもらわれてインディアン文明と白人文明の大きなギャップに悩んだ。一人称で書かれたシトコは、まさにハイウォーターの分身だ。また、シトコばかりか兄のリノも白人文化の侵略におびえるインディアン作家としてのハイウォーターの分身だという。
 ところで、戦士のヴィジョンのために一族からも追い出されてしまったアマナを考えるとき、人間として自分を失わずに生きることの厳しさを思う。アマナそしてシトコの生き方は現代社会で迷っている人々に勇気を与えてくれることと思う。
 三巻で完結といってもおかしくない「幻の馬物語」だが、この作品には四巻目があり、現在ハイウォーターが執筆中だという。シトコの物語だろうか。出来あがりが心待ちにされる。(森恵子)
図書新聞 1989年10月7日