まぼろしの小さい犬

フィリッパ・ピアス作
猪熊 葉子 訳 岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 元々、学研から翻訳書が出ていたのが、今は岩波書店に移っています。ピアス1962年の作品ですが、版元が変わっても出版され続けているわけですね。
 ベンはおじいちゃんからの誕生日のプレゼントを楽しみにしています。犬を貰えることになっているから。でも、ロンドン市内のアパートに住んでいるベンには元々犬を飼うことなどできません。安請け合いしてしまったおじいちゃんはベンが見たことのない犬を描いた絵を贈ってくれる。がっかりするベン。絵の裏には「チキチト チワワ」と書かれている。こんなものいらない! 不注意で絵を失ってしまった時、ベンはその犬について図書館で調べ始める。とても小さいけど勇敢な犬。チキチトは失われた絵から彼の心に移ってくる。目を閉じれば理想の犬がいつでもやってきてくれる。こうしてベンは誰にも知られない、チキチトを飼い始める。いつもいつも目をつむるベンを気にする母親。ベンは彼女に言う。「ものを見てつかれるんじゃないんだよ。見ることにあきたんだよ。見えるものといったら(略)、たいくつだし、とりえがないし、それがまた、いつもおんなじようにたいくつな、かわりばえしないやりくちをくりかえしてる」。
 この物語は、現実との接点を失いかける子どもの話なんです。古くないでしょ。
 目をつぶって歩いていたためとうとう交通事故にあってしまうベン。田舎のおじいちゃんの家で保養します。ちょうど子犬が生まれたばかり。飼えないにしてもその中の一匹はベンの犬としてどこにもやらずに飼ってくれるというおじいちゃん。ベンはチキチトにイメージが一番近い子犬を選ぶ。ロンドンに帰ったベンにはもうまぼろしの犬は見えません。だって、ベンのものである現実のチキチトができたのですから。半年後、郊外に引っ越すこととなり、犬を飼う許しをもらったベン。おじいちゃんの所に行くと、そこにいたのは小さくても勇敢なベンのチキチトではなく、臆病な雑種のブラウン。こんなのぼくの犬じゃない! がっかりしながら、震えているブラウンを連れて帰るベン。
 ラストシーンは素晴らしいの一言につきます。それはベンが現実との接点を見つける瞬間。ロンドンに行った時このシーンの舞台をなったハムステッドが私のいちばん訪れたい場所でした。そして、ベンと同じように叫んでみたんですよ。何を? 読んでね。(ひこ・田中)
TRC新刊児童図書展示室2000/05