マザーグースと日本人

鷲津名都江

           
         
         
         
         
         
         
    
 日本でマザーグースがどのように受け入れられてきたかを綴った本書は、著者が4年以上の歳月をかけた力作だ。裏表紙に「明治初期に日本に伝来し幾度かブームを巻き起こした歴史から、日本人の外来文化受容の特性と、21世紀の国際社会で生きるための可能性を探る」とあるが、この1冊でマザーグース受容史が概観できる。
 順に見ていこう。まず、第1章で「マザーグースとは何か」が述べられたあと、第2章で明治から大正時代にかけてのマザーグース伝来が語られている。「マザーグース初訳者が誰であったのか」を明らかにしたのは著者が初めてで、これは入念な調査のたまものであろう。
 また、小泉八雲がマザーグースを用いて息子に英語を教えたことや、イギリスに留学した夏目漱石、島村抱月らのマザーグースとの出会いなど、興味深いエピソードも綴られている。
 第3章では、マザーグースの大胆な翻案を行った竹久夢二と土岐善磨、そして131編の唄を訳した北原白秋の業績が紹介される。大正10年の白秋訳『まざあ・ぐうす』刊行後、第1次マザーグース・ブームが起こるのだが、その後、西条八十、水谷まさる、松本至大、竹友藻風らがマザーグース訳に取り組むくだりは、日本近代文学史を紐解くおもしろさがある。
 第4章では、1970年代の第2次ブームから現在に至るまでが述べられている。マザーグースは、翻訳、解説、イラスト、漫画へと、そのすそ野をどんどん広げていくのだ。
 著者は、レコード関係の資料を丹念に調べ上げ、「昭和12年に1円65銭で発売された2枚組が、わが国初のマザーグース邦訳レコードであった」という事実を掘りおこしている。また、童謡詩人高田三九三に「メリーさんの羊」を訳した経緯を聞くくだり(p.191)なども、歌に造詣の深い著者ならではの視点があって興味深い。
 巻末には、「竹久夢二マザーグース訳登場作品一覧」「マザーグース関連出版物等一覧」「コミックスのマザーグース出典一覧」がついている。たとえば、過去30年の出版物リストを見れば、第2次ブーム以降、マザーグースの関連本が絶え間なく出版され続けていることがわかる。と同時に、これだけ多くの本が出版されているにもかかわらず、研究書が少ないことに驚かされる。
 本書には13年前に発足した「マザーグース研究会」も紹介されているが、本格的なマザーグース研究は、まだ近年始まったばかり。マザーグース受容史を概観できる本書は、マザーグース研究にたずさわる人の必携の書となるだろう。(鳥山淳子
『英語教育』2000.04