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イタロ・カルヴィーノといえば、現代文学を語るのに欠かせない人物である。彼は、多彩な方法を駆使する。デビュー作『くもの巣の小道』のネオレアリズモ、『まっぷたつの子爵』『木のぼリ男爵』『不在の騎士』の「われらの祖先」三部作の空想的歴史小説、『イタリア民話集』の民話、『マルコ・ポーロの見えない都市』のメタフィクションなどがあリ、「魔術師」といわれるほどだ。その中で、児童文学として読まれているのは、子どものための民話集『みどリの小鳥』と、この『マルコヴァルドさんの四季』の二冊だろう。 ユーモアとぺーソス 『マルコヴァルドさんの四季』は、マルコヴァルドさんという一人の労働者とその家族にスポットをあてた、「市民生活の点描」というべき短編集である。二十の短編が春夏秋冬を五回くリかえすように並んでいて、「都市の四季」を描くことにもなっている。第一話の「都会のキノコがリ」は、つぎのような話だ。 マルコヴァルドさんは、春の朝、人夫として働くズバーブ商会に出勤の途中、電車の停留所で並木の根元にキノコが生えかかっているのを見つけた。これは、幸運。フライ料理にして食べよう!だが、道路掃除夫のアマディージオさんも気がついたらしく、独占できるか気が気でならない。そして、キノコを育てる雨が降る。翌日、それっとばかりに家族連れで収穫にでかけると道路掃除夫もいて、もっとたくさん生えている場所を教えてくれる。そこで、周囲の人たちに声をかけてキノコをわかちあった。やがて、彼らは、もう一度再会する。そう、そこは病院のべッドだった……。 さて、皆さんは、毒キノコの話に笑えたでしょうか? わたしは、一読、なんだか暗い気持ちになってしまった。また、「毒いりウサギ」は、病院から実験用のウサギを食べようと失敬してきたが逃がしてしまい、大捕物の挙げ句に家族全員伝染病のワクチン検査で強制入院させられてしまう。このマルコヴァルドさんの貧困とドタバタを笑うとき、そのまなざしは、どこから見てのものなのだろう。「食う物がなくなれば自分の胃袋までも食いかねない、この家族の、食うことへの執着」をわかって、この男といっしょにほんとうに笑うのは、難しい。だが、ユ-モアとぺーソスがこの作品の定評だとすれぱ、同時に笑いと哀しみを感じるのは、当然のことかもしれない。 文学史における評価 『マルコヴァルドさんの四季』の児童文学としての位置づけは、安藤美紀夫『世界児童文学ノート2』(偕成社)にまとまっている。そこで紹介されているのが「ファンタージア・レアルタ」(空想・現実)という言葉である。これは、カルヴィーノの小説にたいしていわれた言葉だが、この作品も、どこまでがレアルタどこまでがファンタージアと判別しにくい。この点、カルヴィーノの文学は、民話的世界と似ているともいえる。 ところで、原題は、たんに『マルコヴァルド』である。「さん」という敬意の接尾語はない。主人公の名前がそのまま小説のタイトルになっている例は、『カンディード』や『ジャン・クリストフ』など、文学史に多い。そして、マルコヴァルドさんは、全編をとおして人格に深みが増したリしないから、『カンディ-ド』のタイプである。彼は、都市下層生活者を典型化した人物として性格が不変なのである。わたしは、半ば冗談だが、いっそのことマルコヴァルドさんは吉四六(きっちょむ)さんであると考えたらどうかと思う。現代イタリアの労働者と日本民話の知恵者ではあまリに無関係かもしれない。が、この作品が空想物語か貧乏物語かと頭を悩ますよりも、トール・ティル(ほら話)の一種なのだと受け取った方がすっきりするのではなかろうか。「まちがえた停留所」では、マルコヴァルドさんがインドの映画を見て外に出るとひどい霧で、まちがった停留所で電車を降りてしまい、町中をさまよい歩くうちにバスだと思って乗ったのがボンべイ行きの飛行機だった……。 ちょっと展開に無理があるが、ほら話とすれば楽しめる。もちろん、彼は、吉四六さんのようにとんちで殿様に勝ったリしない。マルコヴァルドさんは、勝利しない吉四六さんなのである。 児童文学へのインスピレーション カルヴィーノを読む面白さは、わたしたちにおなじみの日本と英語圏の児童文学にいわば第三のラテン的世界をぶつけたときの刺激である。が、今後、児童文学がカルヴィーノからインスピレーションを授かるとしたら、むしろ『マルコヴアルドさんの四季』以外の奇想天外な小説からだろう。たとえば、テッラルバのメダルドなる子爵が戦場でトルコ軍の砲弾を真正面から浴びて体がまっぷたつにわかれてしまい、性格のわるい悪半と性格のよい善半の二人になってトラブルをまきおこすという『まっぷたつの子爵』や、現代科学の宇宙論をパロディにして、Qfwfqという奇妙な名前の老人が、時間も空間もない一点に全宇宙の住人が同居していた時代をなつかしく回顧したリするSF短編集『レ・コスミコミケ』などだ。 だが、『マルコヴァルドさんの四季』の最後、「サンタクロ-スのむすこたち」のラスト二十行は、圧巻の抒情である。ふいに別世界に連れ出されるようだ。この部分を読むためだけにもおすすめの本といっておきたい。(石井直人) 「児童文学の魅力・いま読む100冊・海外編」日本児童文学者協会編 ぶんけい 1995.05.10
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