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これは、家族をテーマにしたものではなく、子どもたちが、東風に乗ってやってきたナースのメアリー・ポビンズに導かれ、数々の奇妙で楽しい体験をするさまが語られているだけです。けれど彼らは、確かにバンクス家という家族の一員であり、そのことが全面に出て来ないことは、何よりその家族が物語の背景に安定した形で存在している証拠ともいえます。物語の初めに、わずかに語られるこの家族の形を見てみます。 バンクスさんの家は、「ペンキを塗りなおしたほうがいいような」もの。というのは「両方してあげたいけど、そうはゆかないから」、「主人のバンクスさんは、りっぱできれいな住みよい家と、四人の子どもと、どっちがいいかと、おくさんにきいたこと」があり、返事は、子どもを欲しいでした。子ども好きな夫人が印象づけられると同時に、家と子どもが秤にかけられていることにも注目。 子どもは授かり物ではなく、夫婦が経済力などと照らし合わせて計画的に生むものであるという、私たちにはおなじみの風景です。家と比べられる子どもなどというと、何か冷たい印象があるかもしれません。けれど、りっぱな家をあきらめても欲しい子どもとは、りっぱな家に遣うはずの資金をつぎ込まれた子どもですから、投資人である親からは大切にされるんですね。 そうして、子どもが中心に居座る家族が登場します。子ども部屋を与えたいという発想もそこから生まれてきて、この物語の子どもたちもそれを持っており、そこを管理するのがメアリー・ポピンズなわけです。ですから、メアリー・ポピンズに導かれて子どもたちが体験する様々な出来事も実は、子ども部屋の中で彼女が上手に語ったお話しではないかと私は思っています。 このバンクス家にはメアリー・ポピンズの他にも料理番のブリルがいて、給仕のエレンと雑役のロバートソンもいます。子どもと引き換えにりっぱな家をあきらめたのに雇い人が四人とは! 専業主婦をやっている方なんかは、子ども好きのはずのバンクス夫人は何をしているのかと不思議になるでしょう。 けれど、これは当然のことなのです。雇い人がちゃんと働くように差配するのが彼女の役目なのです。私たちが今やっている、計画出産をして子どもを大事に育てるという考え方は、実はこのバンクス家のような階級から広まりました(児童書もまた)。とはいえ、私共のような階級ではとてもとても雇い人など無理。そこで、ただ働きでいい夫人が、家事育児を引き受ける。そうして主婦が誕生する。つまり、御金持ちの主婦が雇い人を持つのではなく、お金のない家の夫人が主婦になったわけです。 雇い人を差配する夫人は主婦に化けましたが、子どもの価値はそのまま保存され、教育費も含め、過剰に子どもに価値をおいてしまう状況が現在なのですね。(ひこ・田中) 「子どもの本だより」(徳間書店)1996年11,12月号 |
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