みんなの幽霊ローザ

クリスチーネ・ネストリンガー
若林ひとみ訳 岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 オーストラリアの人気作家クリスティーネ・ネストリンガーは、わが国では『あの年の春は早くきた』の作者として知られている。ネストリンガーの作品には、共通する二つの要素が見られる。一つは、「私は自分が知っていることしか書けない。だからインディアンとか映画スターなどについては書けないが、青い煙の透明人間とか、空飛ぶ猫とか、脳も心臓もあるジャガイモとかについてはよく知っているので書ける。」また、「子どもの本を書くといっても、子どもは実にさまざまだ。私は私がかつてそうであった子どもしか書けない。」というネストリンガーの作家としての姿勢が示すように、彼女の描く世界は身近な子どもの世界であり、そこに取り上げる問題もごく普通の子供たちが日頃ぶつかる悩みである。それだけに、その世界、時に子どもたちは実に生き生きとしている。もう二つは、権力とか人間性を破壊しようとする力に対する、反権威主義的視点である。
 『あの年の春は早くきた』は、八歳の少女の目を通して戦争の姿を描いた、ネストリンガーの自伝的作品である。一九四五年の春、空襲が続くウィーンを逃れて郊外の別荘に別荘番として避難した一家は、そこで侵攻してきたソ連兵と同居することになる。反戦のテーマを持つと同時に、戦争の中にあっても変わらないたくましい子どもたちの姿や「わたし」クリステルの鋭い目に圧倒される作品である。
 ドイツ児童図書賞を受賞した『きゅうりの王さまやっけろ』は、地下室に住む酢漬けのきゅうりの王さまが、一家の権力者であろうと努めているパパと結託して自分も地下室の権力者になろうとするが、子どもたちによって阻まれるという物語で、反権威主義をよく表している。しかし、これだけではなく、その間に、三人の子どもたちがそれぞれに学校や家庭で体験する、いろいろな問題も織り混ぜられている。
 本書『みんなの幽霊ローザ』は、以上のような共通の二つの要素が入った実に楽しい幽霊物語である。十一歳の少女ナスティはこわがりやで、犬も地下室も屋根裏部屋もみんなこわくて、両親が外出してひとりで留守番しなくてはならない火曜と金曜の夜が大嫌いだった。ナスティは、自分を守ってくれる守護天使がほしいと心から願う。そこへ現れたのが天使ならぬ幽霊のローザで、ローザはナスティの守護幽霊となる。
 この幽霊のローザは三十年来ナスティのアパートの屋根裏部屋に住みついているのだが、およそ幽霊らしからぬ幽霊である。幽霊なのに飛ぶこともできず扁平足で歩き回り、そばによればあたたかく重さも感じられ、自由に話もできる。曲がったことが大嫌いで正義感に燃えている反面、閉じこめられていることがこわくてたまらない。どうしてこんな幽霊ができたかというと、このアパートの管理人だったローザ・リーデルが、戦争中ナチスの突撃隊にひどいめにあわされているユダヤ人の老人を助けようとして道路にとびだして市電にひかれて死んだのだが、怒りでいっぱいだったために成仏できずに幽霊になってしまったというのである。幽霊になって姿が見えなくなったローザは。それから、正義の味方の「労働者の幽霊」として、ナチスの大管区長官をつねったり、ヒトラー・ユーゲントの男の子たちをおどかしたり、ナチス夫人連合の集まりを混乱させたり大忙しだったが、爆弾で建物がくずれてそこの地下室に閉じこめられて以来、飛ぶこともできなくなりアパートを出なくなり、おまけに閉じこめられることがなによりこわくなってしまったのである。
 アパートの外へは出たがらないおばさん幽霊ではあるが、守護幽霊を得てナスティは勇気百倍。犬も屋根裏部屋もこわがらなくなり、ローザの正義感、勇気がナスティにも伝わり、ナスティは学校の先生にも抗議する。ローザが長持ちに閉じこめられて行方不明になると、ローザを救うためナスティは真夜中に起きて電話もする。こうしていつの間にかナスティはこわがりやを卒業し、ローザはナスティの守護幽霊から学校のみんなの守護幽霊になるのである。ローザはナスティとの関わりの中で外へも平気で出られるようになり飛ぶ力も回復する。
 学校のみんなの守護幽霊になったローザのほうは、これからも守るべき生徒や先生が次々に現れ、ローザの成仏はまだまだ先のことになりそうである。
 この作品の楽しさは、正義の味方のおばさん幽霊のローザ自身の魅力ともローザがナスティの守護幽霊となって引き起こされる愉快なエピソードの数々ーナスティの両親がローザを信じるようになるまでのいきさつや行方不明になったローザ救出作戦等々ーにあるがその基にあるのは身近な日常の世界であり、そこに現れた生き生きとしたナスティはじめ人々の姿である。この作品にも反権威主義的テーマは見られるが、それがローザの経歴としてさりげなく語られ作品にとけこみ、作品の楽しさを損なうことのない点、さすがオーストリア児童図書賞受賞作品とうなずける。ネストリンガーのお嬢さんが描いたさし絵も作品の楽しい雰囲気をもりあげている。(森恵子)
図書新聞1987/07/18
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