ミラクル・ファミリー

柏葉 幸子・作
福永 健・絵 講談社 1997.5

           
         
         
         
         
         
         
     
 小三の弟は、また隣のクラスの子とけんかして帰宅した。母は留守で、単身赴任中の父が予定より早めに帰って家に居るので弟は照れている。父も少々困惑気味だ。
 「そいつ、おまえの宿敵なのか?」という一言で父の子ども時代の話が始まる。幼い頃の父は今の姿からは思いもよらないけんか慣れした子であだ名がコブラちゃんだった。ある日、もう一人のボスに初めて泣かされたことをきっかけに、その子はマングースと呼ばれ、以来父は泣かされっぱなしだった。
 弟は自分のけんか相手とは「…五分五分だぜ。」と鼻息も荒い。のちに、コブラがマングースを泣かす日が来るのだが、姉と弟は、その真相に「えーっ!」と絶句する。
 「父さんの宿敵」という一篇である。他に「たぬき親父」「春に会う」「鏡よ、鏡…」など全部で九つの短篇が九つの家庭を描くのが『ミラクル・ファミリー』である。中年の父親を主人公にし、父親にもこんな時代があったのだとしみじみ思い起こさせてくれる温かいものばかりである。
 冒頭の「父さんの宿敵」は小さな弟が父親の語りにひきこまれてゆく過程が特に楽しい。巧みな話術に、無邪気な弟はもとより冷静だったはずの姉まではまってしまう。他の八篇も、当初は、父と子の仲は特別に良くも悪くもないが、父の物語、あるいは、語る父によって両者の距離がぐっと縮まる。その過程には〈不思議〉が存在し、ラストに絶妙の落ちが効いているからおしゃれである。
 また、客観的視点を持ち始める思春期の子を語り手に据えている点も全編同じであるが家族構成、環境、男女による違いなどを見事に描き分けている。
 現実の父親にも、ゆとりを持って家族と接してほしいという作者の願いと、中年の父親へのエールが感じられる一冊である。(冨名腰 由美子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19