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いくら子どもの心理と生理を克明に描いているといっても、例えば『スタンド・バイ・ミー』のような小説を、「児童文学」には分類しない。 東京オリンピックの年の首都圏を舞台に、いけにえの猫を川に流す少年たちの「儀式」を描いたこの長編小説も、人は子どもの本だとは思わないだろう。 それはなぜだろう。むずかしい漢字にルビがふってないからか。活字が小さいからか。それとも、子どものことを書いた小説でも子どもにはわからない内容だからだろうか。 少年たちは、「高度成長」期のおとなが仕事に没頭しているのをよそに、秘密結社をつくり、町中の猫を狩り、アジトに隠し、川に流す。「猫は水の国へ帰って再び生きる」という教義を、少年たちが本当に信じていたのかどうかはわからないが、猫を川に流すこと以上に、おとなたちの労働や「スポーツの祭典」が意味あるものなのかどうかもあやしいものだ、と著者は言いたげである。 続編があるらしく、その一冊は「猫迷宮」というタイトルだとか。だがこの最初の一冊だけでも、読者は精神の迷路に誘いこまれてしまう。現役の少年たちは、三十年前の子どもの姿をどう読むだろうか。読んでほしいような、ほしくないような、不思議な気持ちである。(斎藤次郎)
産経新聞 1996/10/25
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